その3
道の駅から目的の家まではそう遠くなかった。目的の家、というよりも屋敷に到着し、一同は驚いていた。
「大きい家だねー」
「なんか、お屋敷ってカンジ……」
寧々と楓は口を開けて門構えを見ていた。
「こんにちは、本郷ですが」
本郷がインターフォンに離しかけると、しばらくして門の閂が外れる音がする。そして門がゆっくりと開く。
「おおよう来たね、みなさん」
ちょっと小太りの中年男性が、にこやかな笑顔で出てきた。
「お久しぶりです、重森さん」
一同を代表して本郷が挨拶をする。
「巽くん、すっかり立派になって。大きくなったなぁ」
「お会いしたのは、ずいぶん昔ですからね」
本郷がバンバンと肩を叩かれている。どうやら子供の頃の本郷を知っている人らしい。
「涼くんも、すっかり大人の男だね」
「どうもー、久しぶりです」
平井先生がひらひらと手を振る。
車を屋敷の敷地内に入れさせてもらい、一同はお茶の間に案内された。そこで開口一番、重森氏が言った。
「今日は巽くんがお嫁さんを連れてくると聞いたんで、楽しみに待ってたよ」
「……はい?」
本郷が驚いている。その隣の楓も目を丸くする。
「お嬢さんが噂のお嫁さんだろ?巽くんはいい子だよ、きっとあんたを大事にしてくれると保障するよ」
女子は楓を含めて三人いるのに、重森氏は明らかに楓に言ってくる。
――お嫁さんって!
楓が頬を赤らめて、本郷の服の裾をぐいぐいと引っ張る。
「あの、おじさん一体なにを」
戸惑う本郷に、重森氏は携帯電話を取り出した。
「だってほれ、お前さんの親父から、電話で自慢話を聞かされてな。写真も送られてきたぞ」
「写真?」
不思議に思って楓が本郷と一緒に、重森氏のかざす携帯電話を覗く。そこにあったのは、以前平井先生に撮られた写真だった。本郷に抱きしめられ、顔を赤く染めている楓が写っている。なんというか、恥ずかしい写真だ。
「兄さん、これ父さんに送ったんですか?」
「おうよ、親父が欲しいと言うもんでな」
本郷にじっとりと見られても、平井先生は飄々としている。
「初々しいね、若いね、いいね」
重森氏は笑っているが、楓は俯いた顔を上げられないでいる。
「あいつは女の子が欲しかったみたいでなぁ。お嬢さんが可愛いんだろうよ」
本郷の父親が一体どんな人物なのか、楓はとても気になった。まだビデオレターでしか見たことがないというのに。
「うわぁ、だいたーん」
「本郷お前、こちらの手はどこを触っているのだ」
橋本姉妹まで、興味深々で写真を覗く。楓は恥ずかしくて、身の置き所に困る。楓はみんなの視線から逃れるように、本郷の背中に隠れた。
それから荷物を部屋に置かせてもらった後、早速蔵を見てみることになった。
「町おこしの一環でな、家の庭と茶の間の一室を開放して、蔵の中身を展示しようと、役所と話が進んでいるんだ。うちは古いだけが取り得の家だがね、それが最近流行っているんだと」
重森氏がそう説明してくれた。
「確かに、広いお庭ですね」
「維持が大変なんだよ。それでも先祖代々の家だからね」
広いお屋敷も、それなりの苦労があるようだ。そんな話をしながら、敷地の隅にある大きな蔵に案内される。
「立派な蔵ですね」
莉奈が外観の写真を撮りながら言う。
「古いが、造りはしっかりしてるんだよ。もちろん手入れもしてるがね」
そしてその蔵はすでに開いており、だれか人がいるらしい。
「君たち以外にもね、骨董屋に来てもらっているんだ」
骨董屋という人に、楓は初めて会う。なんとなく、年配のおじいちゃんを連想する。
蔵から、人が出てきた。
「おぅい、木崎さん」
重森氏が声をかけると、その人物がこちらを向いた。
「はいはい、おやぁそちらさんは」
「あ!」
「……あの人、あの時の」
寧々が指さして声を上げ、楓も首を傾げる。
そこにいたのは、人形の館で出会ったあの、黒縁眼鏡の男性だった。
「なんというか、偶然とは恐ろしい」
「よりによって、アイツですか」
莉奈も微妙な顔をしており、本郷に至ってはアイツ呼ばわりである。よほど前回出会ったときの印象が悪いのだろう。
「石守神社の巫女様ご一行じゃないのぉ。お久しぶりぃ」
耳につく間延びした話し方は、あの時のままだ。どうやらあの話し方は癖らしい。
「おや、知っているのかい?」
重森氏が本郷に尋ねてくる。平井先生と新井先生も、不思議そうな顔をする。
「知っている人かと言われれば、見たことはある人です」
本郷の説明は正しい。楓としてもちょっと喋っただけの人で、どこの誰かも知らない。
「ああそう言えば、自己紹介もしてなかったねぇ。木崎骨董店の主、木崎良彦です。今後ともどうぞよしなに」
にやりと言ったほうが似合う笑みを浮かべ、深々と頭を下げる黒縁眼鏡の男、木崎。本郷は非常に嫌そうだ。
「この蔵はあまり開かれていないようで、きっと珍しいものがあると思い、駆けつけたんだぁ。仲良くお宝発掘をしようねぇ」
「骨董屋さんだったんだ」
言われてみればそれっぽい、と寧々が納得していた。
「前回はねぇ、人形を見て欲しいと頼まれて、あそこまで出張したんだよぉ。結局好みのものじゃないし、犯罪沙汰は御免だしで、逃げちゃったけど」
「ふぅん?」
莉奈が見極めるように木崎を見つめる。
「でも、今日はここまで来た甲斐があるなぁ。キミのその珍しい霊石、もっとよく見たいなぁ」
「冗談ではありません、断固お断りします」
これ以上ないくらいのしかめっ面で、本郷が言い放つ。
『寄るな、触るな、近付くな!俺に触っていいのはムッチリちゃんだけだからな!』
副音声も喚いている。木崎はそれを興味深そうに聞いていた。
「ほほう、それは巫女様のことで?では巫女様にお願いすればいいかなぁ?」
「え、あの、その」
急に話が楓に向いたので、驚いて本郷の背中に隠れる。というより、ムッチリで楓のことだと思われるのは、本郷以外だとなんだか嫌だ。
「楓さんに近付かないでいただきたいですね」
本郷も楓をかばい、敵意をむき出しにする。そんな本郷の背中から、楓はそろりと顔を出した。
「その、巫女様ってなんですか?」
楓はとりあえず、気になることを尋ねてみた。
「石神様の神託を預かる巫女様、じゃないかぁ」
木崎は、楓が石の声が聞こえることを言っているのかもしれない。
――やっぱりこの人、気味悪い
楓は再び顔を引っ込めた。
「君ら、仲が悪いの?」
突然険悪な雰囲気になったことに、重森氏が戸惑う。
「ああ、仲が悪いというか、本郷の持ち物に執着されているようで」
莉奈が端的に説明していた。先生たちも、この場をどうすればいいのか困っているようだ。
「ねー、お宝発掘しないの?お札のついた箱探してみたいんだけど」
こう着状態に痺れを切らした寧々が、その場の空気をズバッと切り裂いた。
「そうね、お話があるのなら、後でゆっくりすればいいわ」
新井先生も口を挟むタイミングだと思ったのか、そんなことを言う。だが本郷は話などしたくもないだろう。
だが、意外にも木崎が寧々の言葉にのってきた。
「おやぁ、お嬢さんは趣味がわかるね。そういう箱があったみたいだよぉ」
「ホント!?」
寧々はきらりと目を輝かせる。木崎が寧々によからぬことを教えてしまったようだ。




