その9
楓はしばらく泣いて、ようやく涙が収まった。
「それであの、兄に謝罪の手紙を書こうかと、思います」
楓は本郷を見て、自分の決心を語った。
「それで楓さんの気が軽くなるのであれば、いいでしょうね」
本郷が同意してくれて、楓はホッとする。この件で一度判断を間違えているので、自分の行いが正しいという自信がなかったのだ。
「ただし、一つ問題があります」
「え?」
「そのままお兄さんが、まだこじらせていたら、という問題です」
「……?」
本郷の言わんとすることがわからない楓は、首を傾げる。
「あー……」
「まあ、有り得なくはないわね」
わかっていない楓以外、三人は神妙に頷いている。
それから三人は対策会議を開き、結果として楓の現在の写真を送ることで合意した。
それからすぐに撮影会が開かれた。
ソファに座った楓は本郷に抱き寄せられて、密着している体勢である。
「はい笑顔でねー、巽もっとくっつけ、手をもっと上に、そう」
平井先生指示のもと、本郷が体勢を整える。
――先輩、手、手が胸に、あのお尻に……
『このまま押し倒してぇ』
副音声のそんな感想に、楓は本郷の手が当たる場所が、熱を持ったように熱く感じた。
「楓さん、どうかしました?」
もぞもぞとお尻をを動かす楓に、本郷が尋ねる。
「な、なんでもっ、ないです!」
今の楓は、絶対に顔が真っ赤だろう。
動揺する楓だったが、無常にもそこでシャッターが切られた。
平井先生が撮ってくれた写真はパソコンですぐに現像される。
「よっし、手紙にこれを入れときな」
写真の裏には「私の恋人の巽さん」と新井先生指導の下で、できるだけ可愛らしい字で書いた。名前呼びがインパクトを強くするらしい。
「わかりました……?」
写真は一枚だけでなく、三枚現像されて、楓と本郷の手元に残された。
その後、先生二人に見守られながら、勉強もちゃんとやった。
楓は本郷に神社まで送ってもらった。
本郷と手を繋いでの帰り道、楓はずっと考えていた。
――あんな告白で、本当にいいの?
あれでは本郷に流されたとされても、言い返せない。確かに流されていたのだが、それでも気持ちは嘘ではない。楓はそれをちゃんと伝えなければいけない気がした。
黙ってやり過ごすのは、もう止めにするのだ。
「では、ここで」
いつものように階段前で、本郷が手を離す。しかしその手をもう一度、楓は握りなおした。
「楓さん?」
驚く本郷を、楓は真っ直ぐに見つめた。
「あの、私ちゃんと、本郷先輩のことが好き、だと思います」
自分の顔が赤いのは、きっと夕焼けのせいだ。楓は恥ずかしくて小さくなりそうになる声を、がんばって絞り出す。
「最初に襲われたのは、ショックだったけど。先輩はとても真剣に謝ってくれました。それに、私のことを、バカにせずに信じてくれました。私の問題を、一緒に考えてくれました」
楓は握った手に力を込めた。
「だから、本郷巽のことが、私は好きです」
ちゃんと目を見て言えた自分を、楓は褒めてあげたい。
握った楓の手を、本郷が強く握り返してきた。
「あの、だから、私をもらってください!」
弱気にならないうちにと、楓は勢いで言い切った。がしかし、言ってしまった後で違和感に気付く。
――あれ、私なにか、言い間違えた?
内心で首を傾げる楓の手を、本郷が引いた。その勢いで楓の身体が、本郷の身体に引き寄せられる。
「時間差攻撃とは、楓さんもやりますね」
本郷が楓を強く抱きしめた。
「それにとても大胆だ」
「えと、あの、その」
なにかがおかしいことはわかっているが、なにがおかしいのかがわからない。そんな内心大慌てな楓をよそに、本郷がゆっくりと楓の頬を撫でる。
「もらってくれと頼まれてしまったのですから。可及的速やかにもらってしまわねばなりませんね」
本郷は楓のあごに手を添えて、上を向かせる。
「あの、先輩?ちょっと近い……」
「まずは唇から」
楓は本郷に口付けられた。最初は軽く触れる程度、次に深い交わりを。
「……ん」
突然始まった息苦しい口付けに、楓は涙目になる。
――ねえ、キスなの、告白していきなり!?
本日二度目のそれに、楓がうまく呼吸が出来ずに本郷の胸を叩くと、一旦唇を話してくれた。
「全力を挙げて、心はもちろん楓さんの身体全部もらいうけますよ?」
「全部、って」
意味ありげに本郷のもう片方の手が、楓の身体を撫でる。楓の身体が震えて、体温が上がっていく。
「楓さんの髪の毛一筋から、大切な場所の奥まで、全部です」
身体を撫でる手が下にだんだんと移動し、際どいところを掠める。
「や、あのちょっと、せんぱい、ぁう……」
――もらってくれって、え、そういうことになるの!?
自分からエッチなお願いをしてしまった形になった楓は、恥ずかしくてたまらない。そんな楓に本郷は数度口付けを繰り返し、楓を追い上げてしまう。
楓が本郷から与えられる行為に、ぼんやりとしてきた頃。本郷はようやく楓の身体を解放した。
「今日はここまでですね。神罰が下りそうですから」
唾液で濡れる楓の唇を、本郷が親指で拭う。楓は本郷にもたれかかるようにして、ようやく立っていた。酸欠で呼吸が苦しい。
楓の息が整うまで、本郷は楓を抱きしめていた。
「楓さん一人で階段を、上がれそうにないですね」
「……はい」
本郷は苦笑すると、楓を抱きかかえて階段を上がってくれた。
階段を上りきったところで、本郷が楓を降ろした。
「では楓さん、また明日」
「はい、また明日」
それからすぐに本郷にスケジュールを組まれ、楓はもらわれる計画がたてられることとなる。それはとてつもない、ハードなスケジュールであった。
――先輩のエッチぃ!
予想よりも大幅に早く、大人になってしまった楓であった。




