表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第五話 石守楓という女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/66

その7

楓は本郷のマンションの前に立っていた。天気は曇り空で、湿気を含んだ空気のせいで、楓は幾分汗ばんでいた。

 勉強道具の入ったバッグを肩に下げて、深呼吸を数回。一人でマンションのエントランスを通り、本郷に言われた通りの手順で自動ドアの中に入る。そしてエレベーターに乗り、五階の角部屋までやってくる。

 正直楓が本郷との距離感がつかめないことは本当だ。けれども昨日、本郷は楓のことを考えてくれた。それを信じてみることにしたのだ。

 楓は再び深呼吸をして、呼び鈴を押す。すぐに扉が開いた。

「楓さんの姿が見えてましたよ。いらっしゃい」

微笑む本郷が迎えてくれた。

「お、お邪魔します」

ドキドキしながら楓は部屋に上がる。

「今日も、可愛らしい格好をしてますね」

『胸もムッチリだけど、太股もいいな』

主音声に服装を褒められて、副音声に太股をセクハラされた。楓は頬を赤らめ、脚をモジモジさせた。


 楓の今日の服装は、白い五分袖のブラウスに紺色の膝上のキュロットスカートである。以前いつもズボンだという話をしたので、スカートっぽく見える格好にしてみたのだ。これも昨夜に小一時間ほど悩んだ成果だ。

「もしや、これがなにか言いましたか?」

楓の様子で察したらしい本郷が、胸元の鎖を引いて尋ねる。

「えと、あの、褒められました……」

羞恥で体が熱い。そして本郷の視線が太股に行っているようで気になる。

 ――主音声と副音声は、繋がってるの?

 楓がいたたまれない気持ちになっていると、本郷に手を引かれた。

「外は蒸したでしょう。まずは涼んでください」

楓はソファに案内され、本郷に冷たい飲み物を出される。

「ありがとうございます、いただきます」

汗をかいたこともあって、楓はそれを一気に飲み干す。そして周囲をうかがう。

「あの、平井先生は?」

今日は平井先生が、誰かを紹介したいという話だったはずだ。

「今、人を迎えに行っています」

どうやらその人を連れてくる最中らしい。楓がなるほど、と頷いていると、本郷が隣に座った。


「あの、先輩私、汗臭くないですか?」

気にする楓に、本郷はにっこりと笑みを浮かべた。

「楓さんの匂いなら、全く気になりませんよ」

「そう、ですか?」

楓は自分でもすんすん、と匂いを確かめる。しかし自分ではあまりわからない。

 そんな楓の様子を、本郷が観察していた。

「先輩?」

やはり汗臭いのか、と楓が思っていると。

「今回よくわかったことがあります。楓さんはたまに思い込みで視野が狭くなるので、物事ははっきりと告げた方がいいということです」

本郷の意見に対して、楓は何も言い返せない。楓の思い込みが強かったばかりに、家族にいらぬ苦労を強いてしまったのだから。

『自分を不幸に思い込むのはやめることだ』

と石神様にすら言われた。


「なので、僕もはっきり言います。遠まわしにでも伝わっていると思っていても、まったく受け止められていなかったらショックですからね」

本郷はなにか、楓に伝えたいことがあるらしい。

「な、なんでしょうか……」

楓はなにか、重大な過ちを本郷に対して犯していただろうか。うろたえる楓の正面に、本郷が正座した。ソファに座る楓が本郷を見下ろす形となる。

「……先輩?」

本郷がなにをしたいのかわからず、楓は首を傾げる。すると、本郷が静かな口調で告げた。

「僕はあの生徒指導室で、兄が来るのが遅かったら、もしかすると楓さんを強姦していたかもしれない男です」

本郷の言葉に、楓は息を飲んだ。

 正直楓は今まで、ちょっと障られた程度のセクハラ被害だと思っていた。自分などに手を出す物好きはいない、本郷だって太った身体にすぐに幻滅すると考えたのだ。


 しかし昨日、両親からも重々言い聞かせられた。変質者はどこにでもいるので、身の安全には十分に気をつけろ、と。実は近所の人から、楓の跡をつける不審者がいると知らされたことも数回あるらしい。それを伝えても、楓が聞き流して本気にしなかったとも言われた。今まで何事もなかったのは、楓が学校の登下校以外で外出しなかったことも幸いしたのだ。部活動に入っていなかった楓は、日が明るい時間帯にしか出歩かなかった。

 ――小学五年生で男をエッチな気分にさせるんだから、今はなおさら気をつけろって、お母さんに言われたけど

 楓が魅力ある女なのかは、自分では正直わからない。けれども身の危険には気を配ろうと、両親の説得で心を改めた。

 それが今、本郷に強姦まで示唆された。

 ――先輩は、私をずっとそういう目で見てたってこと……?

 確かに副音声は楓の胸が好きだ。でも主音声の本郷は紳士である。そしてこの両者は、同じ人間である。


「改めて楓さんに謝罪をしたいのです。女性を力ずくで従わせようなど、野蛮な行いでした」

正座した本郷が頭を下げた。自分が強情だったばっかりに、本郷にまた頭を下げさせてしまった。そのことが、楓にはショックだった。

「僕の謝罪を、受け入れてもらえますか?」

だが「許す」と簡単に言っては、本郷に失礼な気がした。

 ――先輩は、どういう人だろう

どちらの本郷を信じればいいのか、楓には判断しかねていた。ぐるぐると考えていたことが、楓の口から出る。

「……先輩は私を触ったり、したいですか?」

一体自分はなにを聞いているのだろうか。楓は言ってしまって赤面する。しかし本郷はこの疑問に、真面目に答えた。

「正直に言えば、触りたいし、他にもいろいろしたいですね」

この答えに、楓はぎょっとする。

 ――真顔ですごいこと言われた……!

 楓は思わずソファに両足で乗り上げ、本郷と距離をとろうとする。


「実行に移すには楓さんの許可が必要ですが。したいかと聞かれたので、正直に答えたまでです」

正座のまま、本郷は涼しい顔で言ってのけた。楓は両膝をソファの上にあげて、ぎゅっと抱え持つ。

「先輩、性格変わりませんでしたか?」

「開き直ったと言ってください。どうせ楓さんには、僕の下心が筒抜けなのです。ならば自分から暴露した方が傷は浅いかと」

本郷が正直であることの証明として、副音声が聞こえない。これが、本郷の心のままの声だからだ。だが楓としては、もう少しオブラートに包んで欲しかった。

 本郷の言い分は、副音声よりもグレードアップしている気がする。むしろ楓の傷が深くなった。

「謝罪を受け入れてもらえた上で、僕は楓さんに言いたいことがあるのです」

「な、なんでしょう?」

じりじりとお尻を移動させて距離をとる楓に対して、本郷は動かない。

「謝罪を受け入れていただけますか?」

真剣な表情の本郷を見て、楓は下がるのを止めた。


「先輩はもう、セクハラとか、強姦?を、しませんか?」

「ええ、楓さんの意思を無視した行いはしないと誓います。必ず同意を取り付けます」

 ――同意、同意ってなに!?

本郷の表情を確認するも、いたって真面目であった。

「なら、受け入れます。だから、立ってくれませんか」

いつまでも本郷を正座させていることに、楓は耐えられなくなってきた。

 だが、本郷は正座のまま、続けた。

「では、どうか僕と付き合ってください。楓さんが好きなのです」

「……はい?」

楓は目を丸くして硬直した。

 正直に言うならば。楓が本郷からの好意を、感じていなかったというのは嘘になる。でもそれは、きっと恩人に対するものだと自分を納得させていた。そしてもしかすると、という妄想したことがないというのも、嘘になるだろう。

「楓さん、答えをいただけますか?」

「い、今でしょうか」

ソファの上で固まったままの楓に、本郷が頷いた。

「できれば。答えられないのなら速やかに神社に送り届けます」

「え、平井先生は?」

「僕から謝っておきますよ」

なんということだろうか、本郷はいたって本気だった。


「先輩は、私なんかがいいんですか?」

小声で楓が言うと、本郷が表情を険しくした。

「楓さん、その言い方は僕も傷つきます。楓さんなんか、ではなくて、楓さんでなくてはダメなのです」

ドクン、と楓の心臓が大きく脈打った。

 ――今、さっきよりも告白された気がする

「僕に対して、よい印象を持っていないだろうことは、理解しています。それでも、楓さんがいいのです」

なんと強引な論理だろうか。けれどもその本郷の言葉と、視線の熱が、楓にのりうつってくる気がした。

「わ、私が、いいんですか?」

「そうです、楓さんだけが、いいのです」

楓は身体の熱が上がってくるのを感じる。楓は自分の中の、本郷に対する答えを探した。

「私なんか、いえ、私で、よければ。その、お付き合い、します、か?」

気が付けばしどろもどろに、楓は答えていた。その瞬間、本郷がとても嬉しそうに笑みを浮かべた。

「はい、ぜひお願いしたいです」

そう言って本郷は立ち上がると、楓の隣に座った。


「では、今から僕らは恋人同士ですね」

輝かんばかりの笑顔で、本郷が告げた。

「恋人同士……!」

今まで言われたことのない言葉に、楓は動揺する。そんな楓を、本郷がソファの背もたれに両手をついて囲い込む。

「うぇっ!?」

驚く楓に本郷の顔が迫り、距離を縮める。

「……!」

二人の唇が触れ合い、そしてペロリと舐められた。

「恋人ならば、キスは許されるでしょう?」

そう言って、本郷がもう一度唇を触れ合わせる。

 急展開に楓の脳がついていけないでいる。本郷がそんな楓を抱きしめた。猛スピードで鼓動を刻む心音が、本郷に伝わるだろう。

 その時、ソファの側に人の気配がした。

 楓はぼんやりと見上げると。

「巽お前は、どうしていつも楓ちゃんを押し倒しているんだ!」

そこにいたのは平井先生と、新井先生だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ