その8
それから週末になり、郷土歴史研究会のメンバーで、楓は再び隣町の駅までやってきた。本日も新井先生は同行できない。定期テスト前で忙しいらしい。
「うーん、天気がよくてオカルト日和!」
寧々が謎なことを言った。
「オカルト日和?」
「そう、あんまり天気悪いと本当に怖いじゃない?このくらい明るいと怖さも半減する」
なんとなくわかるような、わからないような理屈である。だが楓の心が和んだことは確かである。
人形の入った紙袋は、本郷の手に提げられている。本郷はわざわざ楓を迎えに来てくれて、紙袋を預かってくれたのだ。大感謝である。
「帰りにうどん食べていこうよ!」
駅前にちょうどうどんの店があったので、寧々が提案する。
「前回はそのような余裕は全くありませんでしたから、いいかもしれませんね」
意外にも本郷が同意した。
確かに前回は、早く人形を持ち帰りたくて寄り道らしいことをしなかった。今日は人形を届ければ、晴れて自由の身なのだ。
「帰りの楽しみができたところで、テンションを上げていこうではないか、楓」
莉奈が楓の肩をポンポンと叩いて、にっこり笑った。
「はい、楽しみです」
楓も釣られて微笑んだ。
「やはり人数が多いと、心強いですね」
本郷が楓を見て目を細める。
「や、あの、前も先輩についてきてもらって、すごく心強かったですよ?」
楓は本郷に弁解する。なにしろ自分一人では、おそらく人形の館に入れたかも怪しい。
慌てる楓に、本郷が小さく笑った。
「ちゃんとわかってますよ。では楓さん、行きましょう」
「はいっ」
先に立って歩く本郷に、楓はついていく。
「ちょいと、楓さんや」
寧々が楓と横に並んで、顔を寄せてきた。
「なに?」
首を傾げる楓に、寧々が小声で囁く。
「いつから本郷先輩はあなたを、『楓さん』と呼んでいるのかな?」
にやっと笑う寧々に、楓は頬を赤くする。
「えっと、先輩がうちに弓道をしにきて、家族はみんな石守だからって、その……」
楓は上手く説明できずに、思いつくままに喋る。
「ほほう、先輩は段取り上手ですなぁ」
「段取りって」
「おねーちゃんと言ってたんだぁ。楓ちゃんの巫女さん姿、一体誰に撮ってもらったんだろうね、って」
楓は無言になる。やましいことなど無いのだが、本郷に撮ってもらったとは、なんとなく言い辛い。
「家族に撮ってもらって、あんなに緊張しますかねぇ」
寧々の追求に、楓は赤い顔で俯く。すると後ろから手が伸びてきて、頭を撫でられた。
「莉奈先輩」
「うむ、楓は実にかわいい。そのまま大きくなるんだぞ?」
「先輩、私もう成長期は終わったみたいです」
そんな会話が、前を行く本郷に聞こえていたのかは定かではない。
四人でわいわいと騒いでいると、道のりはあっという間であった。
「あそこです」
人形の館の看板が見えてきたところで、本郷が一旦立ち止まった。前回はこの時点で緊張していたのだが、今日は平気だ。やはり人数がいるというのは心強い。
しかし人形の館にも、前回と違うことがある。
「なんか、誰かいるね?」
寧々が首を傾げる。そう、門の前で男性二人が口論しているようなのだ。
「取り込み中なら、少し時間を置いた方がいいかもな」
莉奈がそう言うと、男性の片方がこちらに気付いた。捕まえようとするもう一人の男性を振りほどいて、その男性はこちらに走ってくる。その剣幕に楓は怖くなった。
「楓さんたちは後ろに下がって」
本郷が楓たちを後ろに庇った。だが男性は、本郷に向かってきているようだった。
「それだろう、寄越せ!」
本郷に突進してくる男性の様子に、本郷はとっさに紙袋を莉奈に渡した。
「その人形を寄越せ!」
手渡された紙袋を追って莉奈に手を伸ばした男性に対して、本郷がその腕を捕らえる。それを軽くひねり上げるようにすると、男性が悲鳴を上げた。
「なにをする!?」
「なにをするとは、こっちの台詞です。乱暴は止めて頂きたいですね」
男性は本郷を振りほどこうとしているが、どうやっているのか、本郷の拘束は外れない。
「大丈夫ですか!?」
口論していた相手の男性も、こちらにやってきた。そしてなおも暴れようとする男性を、ギロリとにらむ。
「お前、これ以上騒ぐと警察を呼ぶぞ!」
男性も本郷を手伝って、暴れる男性を取り押さえる。
「くそっ、人形を寄越せ!」
尚も人形を要求する男に、楓は寧々と二人で莉奈の後ろに隠れた。
「おねーちゃん、警察呼ぶ?」
「その方がよさそうだな」
寧々が自分のスマホから、電話をかけようとしていると。
「警察沙汰とは、いけないねぇ」
間延びした声が、割って入った。
「きゃっ!」
突然真後ろから聞こえた声に、楓は驚いて振り返る。
「ああ、驚いた?ごめんねぇ」
へらりと笑ったのは、ひょろりとした体型の中年の男性だった。色白で、大きな黒縁眼鏡が印象的である。
「なんだ、あなたは」
莉奈が厳しい表情で、黒縁眼鏡の男性をにらむ。だがあちらはそんなことには構わず、莉奈の持つ紙袋を覗いてきた。
「ああ、これはもう駄目だなぁ」
黒縁眼鏡の男性は、そう言ってため息をついた。
「なに!?」
これに反応したのは、本郷らに取り押さえられていた男性である。
「ただの珍しい人形に成り下がってる。こんなものに興味はないなぁ」
ああ残念だ、と黒縁眼鏡の男性は嘆いた。




