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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第四話 ビスクドール

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その6

「展示室は別の入り口を作っていまして、あちらです」

北川は一旦外に出て庭に入り、テラスのようになっている展示室へ案内してくれた。

「どうぞ、中へ」

北川が促してくれるが、楓は足が動かなかった。

「うぁ……」

真っ青な顔で固まる楓を、本郷が気遣わしそうに背中をさする。

「楓さん、無理はしないでいいですからね」

展示室であるので、そこは当然人形だらけである。様々な人形が、整然と並べられていた。

「これで全部ではありませんが。倉庫にもたくさんありますから」

北川の説明に楓はますます顔色を悪くする。楓が固まっているのは、それだけが原因ではない。


『ママーママー……』

声がする、人形たちの中から。

 ――なんでこういうのに当たっちゃうの!?

 涙目の楓に、本郷が尋ねる。

「なにかありそうですか?」

「はいぃ……」

腰が引けてしまっている楓を、本郷が支えてくれる。楓は自分から足を動かすことはできそうにない。

「うぅ、先輩連れてってくださいぃ」

なので楓としては本郷に頼るしかない。本郷の背中にしがみ付き、隠れるようにする。

「しょうがないですねぇ」

本郷は苦笑すると、背中にしがみ付く楓に腕を回す。

『役得、役得』

副音声がなにか言っているが、もはや楓の耳には入らない。本郷にくっついて、ゆっくりと展示室に入っていく。


「先輩、えと、あっちに……」

楓は震える手である方向を指さす。背中に引っ付かれている本郷は、楓を振り返って苦笑する。

「いっそ抱き上げますか?」

「……腰が抜けたときにぜひ、お願いしたいです」

楓はこの時、もう恥ずかしいという気持ちよりも恐怖が先立った。

 楓は指さした方向に近寄り、本郷の背中越しに一体の人形を覗いた。

「これ、です……」

『ママーママー……』

声が聞こえるのは、周囲のものより少々大きめの人形だった。その首に、黒いチョーカーが着けられている。

「これは、叔母が若い頃手に入れた人形だそうです。古い時代のものだと聞いています」

楓の後ろから、北川が解説してくれる。本郷が怖れることなく、その人形を手に取った。


「この首のチョーカーについているのは、本物の宝石ですか?」

本郷が疑問を口にする。そう、チョーカーには親指の爪先ほどの大きさの青い石がついていた。北川は笑って否定した。

「まさか!ガラスだと叔母に聞いています。本物だったらこんなに無造作に飾ってません」

 ――いやでも、このチョーカーの石から声が聞こえます

 楓に声が聞こえるということは、紛れもない石であり、本物の宝石だということなのだ。しかもこの声の大きさからすると、古い念だ。普通の石などに比べて、宝石は古い念をためやすいというのが、楓の実感である。

「この飾りは人形に最初からついていたと聞いています。なので着替えを新調する際にも、必ずつけているのです」

これで、石が人形と同じくらい古いものだとわかった。恐怖が余計に増した。


「それで楓さん、これで間違いないですか?」

「はいぃ」

楓は恐怖で本郷にしがみ付くというより、ぶら下がっている状態に近かった。

 その時。

 ガタガタガタ……

 人形たちが震えだした。本郷の手の中にあるチョーカーの着いた人形だけでなく、展示室の人形が一斉に。

「なに!?」

初めての現象なのか、北川が驚いている。

「うぎゃあ!!」

楓は恐怖で床にへたり込む。本郷が楓を庇うように、胸元に寄せて抱き込んだ。その間も人形を放り出さない本郷はすばらしいが、楓としてはまずそれをどこかに投げて欲しかった。


『ママーママー!』

声が一層大きくなる。それに周囲の人形が共鳴しているのだ。人形はヒトガタであり念がこもり易い、と楓はいつか石神様に聞いたことがある。

 人形たちの震えは収まることはなく、むしろ酷くなっている気がする。

 ――止めなきゃ、でも怖いぃ!

 恐怖で身体に力が入らない楓は、本郷に抱き抱えられるようにしていた。

「一旦部屋から出ましょう」

本郷が片手に人形を持ったまま、楓を抱き上げた。そのぬくもりに、楓は恐怖が少しだけ薄らいだ。

 ――ここまで付いて来てくれた先輩に、いつまでも甘えてばかりではだめだ

 これをどうにかできるのは自分だけなのだ。楓はぎゅっと本郷にしがみ付き、お腹に力を溜める。

『ママー!!』

「お願い、黙って!」

楓は声を張り上げた。その直後、全身の血が沸き立つような感覚に襲われる。

 人形たちは、一斉に動きを止めた。声もぴたりと止む。

 ――あ、いけない……

 それと同時に、楓の目の前が暗くなってくる。

「楓さん!?」

楓は全身が脱力して、慌てた本郷の腕の中で倒れる。

「楓さん、しっかり!」

本郷の声を聞きながら、楓の意識は薄れていく。



楓が目を覚ますと、目の前に本郷の顔があった。

「楓さん、気分はどうですか?」

「……せんぱい」

楓が数回瞬きをすると、本郷が楓の頭を撫でてくれた。それが気持ちよくて、楓は少々堅い枕の上で寝返りを打とうとした。

 ――あれ、枕?

 楓は自分の状況に疑問を抱いた。どうして自分は寝ていたのだろうか。そしてどうして寝起きに本郷の顔をアップを見ているのだろうか。そして枕にしては堅いこれはひょっとして……

「楓さん、大丈夫ですか?」

本郷が反応のない楓を心配する。だが再び楓は固まってしまった。そしてなにやら顔が熱い。

 ――これって、先輩の膝枕!?

 アワアワしている楓の様子に気付いたのか、本郷が楓の脇に手を差し入れて起こしてくれた。すると、座る本郷の膝の上に腰掛ける体勢になってしまった。本郷が楓の背中に手を当てて身体を支えてくれる。


「もう一度聞きますが、気分はどうですか?」

間近で目を合わせて聞いてくる本郷に、楓は酸欠に陥りかける。

「楓さん、まずは深呼吸をしましょうか」

本郷に促され、楓は息を吸って吐いてを数回繰り返す。ようやく楓の脳が正常に活動を始めた。

 ――私、倒れたんだ

 あの石の声を止めた影響だ。

 楓には石神様の力がほんの少し宿っているらしい。なので石の声をちょっとの間だけ、止めることができるのだ。しかしそれをすると非常に身体に負担がかかるらしく、ああやって気を失うこともある。

 楓が状況がわかって落ち着いたところで周囲を見渡すと、ここが最初に通されたリビングであることが判明した。


「あの、なんで先輩の膝……」

楓は恥ずかしくて膝枕と言えず、俯いてしまう。今もお尻の下の本郷のぬくもりに、身体をむずむずさせてしまう。

 本郷が、咳払いを一つした。

「誤解のないように言っておきますが、僕が自分で楓さんを膝枕したわけではありません」

「……え」

至近距離で見る本郷の顔は、なにやら困っているように見えた。

「ソファに寝かせた楓さんの様子を伺っていると、楓さんが自分で膝に頭を乗せたのです」

枕を求めたのか、楓が自分で本郷の膝にのし上がってきたらしい。

 ――なにやってんの、私!?

 楓は慌てて本郷の膝の上から飛びおりる。恥ずかしくて、今すぐどこかに隠れてしまいたい衝動に駆られる。


「えっと、もう大丈夫です。先輩ありがとうございます」

「どういたしまして」

『役得だけど、ちょっとした拷問だな』

無駄に手をバタバタさせる楓に、本郷が笑顔を見せた。副音声の言葉も気になるが、きっと楓の頭で足が痺れたりしたのだろう。

 この時、北川がリビングに顔を見せた。

「まあ、起きたのね。よかった」

北川は温かいお茶を入れてくれた。楓は身体が冷えていたようで、温かいお茶が身に沁みる。

 あの後、人形の震えは止まったらしく、今の展示室は静かなものだそうだ。

「もしかしてとは考えたけれど、実際にあんなことに遭遇したのは初めてよ。もうビックリしてしまって」

「お察しします」

北川の驚きに、本郷が神妙に頷いた。


 北川はポルターガイストに遭遇した後であるので、今日は結婚相手の彼の家に泊まるそうだ。楓もそれがいいと同意した。

「例の人形は、梱包してもらいました」

本郷の足元に、大き目の紙袋がある。あの中にあの人形が入っているらしい。それがわかると、楓はソファの上を移動して本郷、というより紙袋と距離を大きく開けた。そんな楓の反応に、本郷は苦笑する。

「それ、お願いできるかしら?」

「お預かりいたします」

無言の楓の代わりに、本郷が北川に答えた。


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