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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第四話 ビスクドール

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その5

翌日、楓は本郷と駅で待ち合わせをした。電車で隣町の北川の家へ向かうためである。

 楓がいつものようにヘッドフォン姿で駅につくと、すでに本郷は待っていた。

「お待たせしました、すみません」

「いいえ、さほど待ってませんよ」

ヘッドフォンを外して恐縮する楓に、本郷が微笑む。ここ数日で本郷の笑顔を見慣れたとはいえ、朝からまぶしいものを見た気がする。

 ――なんだろう、まるでデートの待ち合わせみたい

 そう思ったとたん、楓は恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。無性にどこかに隠れたくなってくる。手を上げたり下げたりして、傍目に挙動不審である自覚がある楓の手を、本郷がとった。


「……え?」

「もうすぐ電車が来ますよ」

そのまま歩き出す本郷に、楓は慌てる。

「あの、切符」

「ご心配なく、買ってあります」

二枚の切符を見せる本郷。楓の分まで購入してくれたらしい。

「先輩、切符代払います」

「そんなことより、行きますよ」

本郷に手を引かれて、楓はホームへ向かう。

 ホームに入ってきた電車に乗り込み、空いていた座席に二人並んで座った。この距離が、とても微妙だ。離れて座るのも不自然だし、かといってくっついているのも、どうだろう。あまり電車に乗らない楓には、空いている車内での適正距離というものがわからない。本郷の体温を感じる距離に、楓の鼓動はせわしない。


 そんな楓の様子を、本郷は知ってか知らずか。

「今日の私服も、可愛いですね」

「うぇっ!?」

いきなりそのようなことを聞かされて、楓は思わず変な声を上げてしまった。

「巫女さん姿もそそられますが、そういう格好もいいですね」

『胸の形がきれいに見えるな』

主音声と副音声に、同時に言われた。

 ――そそるってなに!?そしてやっぱり胸なの!?

 本郷と席を少しあけたくなったが、何故かタイミングよく手を握られてしまう。逃げることが出来ず、楓は口をパクパクさせるしかできない。握られた手が熱い。

 今日の楓の格好は、七分袖の花柄のブラウスに白のパンツスタイルである。

「先日もそうでしたが、今日もズボンなのですね」

「……あの階段を上るので、あまりスカートを履こうと思えなくて」

「なるほど」

楓の正直な感想に、本郷が頷く。

「では制服は、楓さんの貴重なスカート姿なのですね」

どうしてだろう、こういう言い方をされると、制服がとても恥ずかしい格好に思えてくる。


 こうして楓が動揺している間にも、電車は進んでいく。

 やがて目的の駅に到着し、そこで二人は電車を降りた。北川にもらった地図によると、ここから北川の家までは徒歩十五分程度だそうだ。

「ヘッドフォン、つけて構いませんよ?」

本郷が楓の首に下がっているヘッドフォンに触れる。しかし楓は首を横に振った。

「いいです……お喋りが、できなくなりますし」

二人でいるのに、それはなんとなく寂しい気がした。神社での本郷との他愛のないお喋りは、楓は嫌いではなかった。男性に苦手意識のある楓にしては、珍しい心理である。

 楓の答えに本郷は一瞬目を細めて、それから嬉しそうに微笑んだ。そして楓の手を、本郷が握る。

 ――なんだか、今日は先輩に手を握られる日かも

「行きましょうか」

「……はい」

本郷に先導され、楓は歩き出した。


 手を引かれるままに歩いた先に、「人形の館」という看板が見えてきた。

「……あれ、ですかね?」

「おそらくは」

どうやら目的地に着いたらしい。楓はなにやら緊張してきた。そんな楓の状態を察したのか、本郷が繋いだ手をぎゅっと握ってきた。思わず楓は本郷を見上げる。

「大丈夫ですよ、怖かったら僕が担いで逃げてあげますから」

本郷がにっこり笑ってそんな冗談を言ってきた。

「重いですよ、私」

本当のことを告げる楓に、本郷は目を細める。

「以前も聞きましたね、その言葉。楓さんは標準体型ですよ。重いという部類ではありません」

なんなら今担いでみましょうと本郷に提案され、楓は力いっぱい首を横に振る。人の往来のある公道で、それはなんという拷問だろう。だがそのおかげで、楓は緊張がほぐれた気がする。


「行きましょう、先輩」

今度は楓が本郷を引っ張るようにして、看板の元へ向かった。

 看板がたっている場所にあるのは、洋風の一戸建ての家だった。楓が入り口の門扉にあるインターフォンを押すと、すぐに応答があった。

「あの、石守神社の者です」

『はい、お待ちしていました』

玄関が開いて、北川が姿を見せた。

「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。どうぞ中へ」

北川の案内で、楓と本郷は家に入った。

 まずはリビングに通され、お茶を頂くことになった。楓は本郷と並んで座る。

「ここは、自宅ですか?看板がありましたが」

本郷が疑問を口にする。北川はお茶を出し終えると、自分も座って説明してくれた。

「ええ。自宅兼工房兼、小さな人形博物館、といったところでしょうか。元は私の叔母の家だったんです」


北川の話によると、叔母がその筋で有名な人形作家だったらしい。北川もその叔母の影響で人形作りを始めたのだとか。

「叔母が三年前病気で亡くなりまして。その遺言で、この家と人形を私がもらうことになったんです」

そのついでに、叔母の作品や蒐集された人形を展示しようと考え付いて、この人形の館ができたらしい。

 話を聞いて楓は、引越し業者に頼まなければならないことも理解できた。

「博物館となると、持ち運びが困難なことも納得です」

本郷も楓と同様のようだ。楓も隣で頷く。

「……確かに、神社に持ってくるのは、ちょっと」

神社の中が人形まみれになる方が、楓としては恐ろしい。だから父親は困っていたのかもしれない。今となっては、一旦断ってくれら父親に感謝である。


「そもそも、何故人形をお祓いしようと考えたのですか?なにか問題でもあったのでしょうか」

本郷が質問する。先ほどから本郷が話を進めてくれている。人との会話能力が高い本郷は、基本人見知りする楓にとって頼もしい助っ人である。

「数ヶ月前から、誰もいない展示室から物音がすると人に言われたのです。最初は泥棒かと思ったのですが、人が出入りした跡はないと警察に言われました」

だったら物が人形だけに、ポルターガイストではないか、と北川は思ったらしい。この手の話は人形蒐集家の間で、しばし話題になるらし。

「北川さんお一人で生活を?」

本郷の疑問に北川は頷いた。だったら余計に怖いだろう、と楓は自分に当てはめて考え、身震いする。

「でも実は、近いうちに結婚する予定なのです。結婚相手の彼はここに住んでもいいと言ってくれました。なので、心配事はなくしておきたいのです」

悩んでいたい北川に、新井先生が石守神社を紹介してくれたらしい。北川の結婚生活がかかっているとなれば、楓は怖いと言ってもいられなくなった。

「人形はどこに?」

楓の様子を伺いながら、本郷が尋ねる。いよいよ心の準備が必要な時がやってきた。


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