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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第四話 ビスクドール

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その4

北川が石守神社を訪れた日の夜、楓は神殿で泣き言を言っていた。

「うう……怖いの嫌いー」

『人間、諦めが肝心だというぞ』

人事のような石神様の慰めに、楓はため息をつく。そして床の上にゴロンと転がる。

『ちゃんと護衛もつくではないか。そういう意味では安心であろう』

「護衛って、本郷先輩のこと?」

楓は床に寝そべる体勢のまま、顔を上げる。

 結局明日、楓は北川の家まで人形を見に行くことになってしまった。せっかくの連休に、家に閉じこもるのは良くない、と母親の横槍が入ったからだ。人形屋敷に行く方向で話が進む中、本郷が楓の頭を撫でて、

「怖いのなら、僕も一緒に行きますよ」

と進言してきた。藁をも掴むとはこのことで、一人で行くのは絶対嫌な楓は、本郷の腕にしがみ付いたのだった。新井先生からは、明日は用事があるので同行できない、と謝られた。


 だが本郷が帰ってしまって、楓は別の意味で悶えることになった。

 ――先輩とお出かけ、しかも二人きりだよ……!

 今まで経験したことのない事態に、楓は混乱する。昨日から本郷の様子がなにやら変であることが、混乱に拍車をかけていた。実は今までずっと、明日着る服を選んでいたりする。

 楓は思い出すと、また床を転がりたくなってきた。そんな楓の様子を見てか、

『あの男は生真面目が過ぎて難儀だの。思わず手助けしてしまったわ』

石神様がそんなことを言った。

「石神様、先輩になにかしたの?」

『なに、ちょっとした助言程度だ』

助言程度というが、石神様が本郷に話しかけた、ということである。

「普通の人に石神様の声を聞かせたら、負担になるとか言ってなかった?」

楓がじとりと睨みつけるようにする。

『さような態度をするでない。結果、楓のためになることゆえ』

「私のため?」

楓は首を傾げる。石神様の言うことが、よくわからない。

『だが楓は我が愛し子、生半なことではゆかぬぞ』

「なに?」

石神様の呟きは、楓にはよく聞こえなかった。


***


巽がリビングでスマホをいじっていると、兄が風呂から上がってきた。

「風呂空いたぞー」

兄は冷蔵庫からビールを取り出し、ダイニングのイスに座る。東京に出かけていた兄は、今日の午後に帰ってきたばかりである。

「そういや、お前明日どうするのよ?」

「ああ、朝から出かけます」

明日の予定を聞いてくる兄に、巽はスマホから顔を上げずに答える。

「なに、楓ちゃんの家?」

「違います。電車でちょっと隣町まで」

間髪入れずに聞いてくる兄に、巽はこれまたスマホを見たまま答える。

「楓ちゃんと一緒にだろ?」

ここでようやく、巽は顔を上げて兄を見た。明らかに面白がる様子である兄に、巽は嫌な顔をした。


「知っているなら聞かないでください」

「だってお前ひどくね?俺が東京行っている間に、楓ちゃんとお家デートとか!」

憤慨する兄に、巽は冷静に切り返す。

「僕がたまたま目的地に定めた場所が、たまたま彼女の自宅だっただけです」

「およ?デートのあたりは否定しないわけだ?」

意外そうな兄に、巽は沈黙する。そういう下心がないとは言えないからだ。

 昨日、石守神社で彼女を見たとき、巽はそこへ行ったことを激しく後悔した。夢の中の彼女の、白い肌がフラッシュバックする。神聖なはずの巫女装束が、なにやらいけないものを見てしまっているような気分にさせられた。いつもおさげにしている髪をあげているせいで、そのうなじが本郷の視線を引きつけた。


 彼女の前から逃げるように弓道場に篭ると、ただひたすらに弓を引いた。到底無心とは縁遠い心で弓を引けば、全く的に当たらない。そのような乱れた心を持て余していると。

『欲を受け入れろ』

そんな声が聞こえた。巽が内心で反発すると、更に聞こえた。

『食欲も情欲も同じ欲、それ自体に罪などない。己を認めよ、悪だと思うな』

この、彼女の白い首筋にむしゃぶりつきたいと思う心、巫女装束の奥を暴きたくなる衝動が、罪ではないというのか。

『認め、律せよ』

声のままに巽は己の中に、彼女への情欲があることを認めた。すると、次の疑問が沸く。

 ――情欲、どうして彼女にそれを抱いたのだろう?

 まだ、出会って一月と経たないはずの彼女に。

 この時、弓道場に自分以外の人の気配がした。その気配の主は。

 ――石守さん?

 巽の意識が彼女に逸れた瞬間、矢が放たれる。それが偶然にも、的の中心を射た。

「すごい!」

彼女の素直な賞賛に、心の中の様々な乱れが凪いでいくのがわかった。朝のあの気まずい思いも、霧散する。そして脳裏に浮かんだのは、彼女と初めて会った日のことである。


 奇妙に目立つ大きなヘッドフォンを耳にあて、下を向いていた彼女。大勢の新入生が行き交う中、何故か彼女に視線が向いた。清廉な空気と、やわらかそうな肢体を持つ彼女。

 そして唐突にひらめいた。

 ――ああ僕は、彼女に一目惚れしていたのか

 その仮定で考えると、自分の行動の全てに辻褄が合う気がした。入学式の朝の大勢の生徒の中、何故か彼女一人に注意してしまった自分。ミュージックプレイヤーを持っている生徒など、他にも大勢いたというのに。なんてことはない、彼女に声をかけたかっただけだったのか。

 ――これが、天啓というものなのか

 先ほど心に聞こえた声は、もしかすると石神様だったのかもしれない。彼女が言うのだ、きっと石神様は存在するのだろう。今では、あんなに思い悩んだことが嘘のように、世界が明るく見える。


 巽はスマホを操作して、一枚の写真を出す。緊張した様子の彼女の姿が写っていた。自然と浮かぶ笑みを堪えたりせず、巽は写真を見つめる。

「思い出し笑いとか、やらしいぞお前」

「いやらしくて結構です」

巽の様子が不気味だったらしい兄が苦情を言うも、気にしないことにする。

 ――己を律せよ。順序を間違えてはいけない

 別に焦る必要はない。まずは彼女に好かれることから始めよう。なにしろ巽は彼女の中ではマイナススタートのはず。そのための準備を入念に行う必要がある。

 それに巽には一つ、気になることがある。夢の中の彼女も言っていた言葉。

「副音声、とはなんでしょうね」


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