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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第四話 ビスクドール

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その3

次の日も、本郷は弓道場にやってきた。

「東京の父が、僕の弓道の道具を送ってくれるそうです」

本郷が休憩がてら、楓が座っているお守り売り場にやってきて、そう話してくれた。楓の父親にお願いして、毎週土曜日に使わせてもらえるようになったらしい。

 ――毎週、先輩がうちにくるんだ

 嬉しいのか、恥ずかしいのか、とにかく心の奥がそわそわしてしまう。こんな気分になるには、理由があった。

「楓さんは、今日も一日巫女さんですか?」

「……そうです」

名前を呼ばれて、楓は頬を赤くする。


 そう、昨日から本郷が楓のことを名前で呼ぶようになったのだ。何故かというと、

「石守さんの家族は、みんな石守さんですしね」

ということだそうだ。そうなのだが、楓はなにやら猛烈に照れてしまう。思えば家族や親戚以外で、男性に名前で呼ばれるのは生まれて初めてかもしれない。

 楓が本郷と二人で他愛のない話をしていると、二人連れの参拝客が上ってきた。その姿に、楓はなにやら見覚えがあった。それは本郷も同様だった。

「おや、新井先生ではないですか」

「石守さん……と本郷くん?」

現れた参拝客は、新井先生だった。

「先生、いらっしゃいませ」

楓がお守り売り場から出て挨拶すると、新井先生は顔を綻ばせた。


「まあ、可愛らしい巫女さん姿ね」

昨日から本郷に続いて褒められた楓は、恥ずかしくて俯いてしまう。見た目を褒められるということに、慣れていないのだ。そんな楓を、本郷が目を細めて見ていた。

「で、本郷くんはどうしてここに?」

そんな本郷に、新井先生がいぶかしむような視線を向ける。

「弓道場があると言っていたでしょう?なので弓を引きに来たのです」

本郷が弓道衣を着ていることをアピールする。

「昨日も、先輩は来てたんですよ」

楓が補足すると、新井先生はなにか言いたそうな顔で本郷を見た。けれども本郷はそれに構わず楓に笑顔を向ける。

 ――なんだろう、このかんじ

 本郷と新井先生二人の間に、楓にはわからないなにかが漂っている気がする。どうすればいいの困ってしまい、楓は二人をキョロキョロを見比べる。すると本郷が楓の頭を撫でてきた。


「で、先生そちらは?」

新井先生の隣で戸惑うようにしている女性に、本郷が話題を振った。新井先生は思い出したように、連れの女性を紹介してくれた。

「ああ私の友人よ。アンティーク仲間なの」

「どうも、北川瑞樹といいます」

背中まで伸ばしたロングヘアの、おっとりとした雰囲気の女性である。

 アンティークと聞いて、楓は少し嫌な予感がした。



場所を自宅のリビングに移して、楓は本郷と一緒に北川という女性と向き合っていた。楓の父親も同席している。

「先日こちらに、ご相談のお電話をした北川と申します」

ます北川はそう言って父親に頭を下げた。

「ああ、あの電話の方でしたか」

父親は心当たりがあったようだ。

「お父さん、電話って?」

楓の疑問に、父親は簡単に説明してくれた。

「出張お祓いの依頼だよ」

一週間ほど前、北川から自宅のお祓いをして欲しいと電話で依頼されたそうだ。しかし父親は、それを断ったのだという。


「北川さんは、以前に別の方にお祓いしていただいたそうなんだ。けれど状況が変わらないといってうちの神社に頼ってきたらしくてね」

けれども、うちのお祓いは石神様の目の前でお祓いすることに意味がある。儀礼的なお祓いは引き受けているものの、本当の意味でお祓いしてほしければ、神社に来なければ効果がないのだ。

「瑞樹に石守神社を紹介したのは、私なの。あれから、悪い夢は全く見なくなったのよ」

北川の隣で、新井先生が口を挟んだ。あれは半ば強引に引き受けたお祓いであったので、楓としてはあまりこの場でして欲しい話題ではない。

 そんな楓の気持ちを他所に、北川が不安な表情で訴えた。

「なので、ぜひお願いしたいと思ったのですが。神社でするとなりますと、少々問題がありまして」


「なにが問題なのですか?」

楓に代わって本郷が尋ねた。北川はため息をついて、説明する。

「とにかく量が膨大なのです。お祓いしていただきたいのは人形です。それを神社に全て持ち込むとなると、引越し業者に頼まなければなりません」

「……そんなに?」

本郷が目を丸くする。大げさに言っているにしても、相当の量である。楓も首を傾げていると、新井先生が笑った。

「瑞樹はね、ビスクドールの蒐集家であり、作家なのよ」

ピキッ、と楓は固まった。思わず隣の本郷にしがみ付く。

「楓さん?」

楓の反応の驚いたように声をかける。しかし楓は震えるしかできない。本郷にしがみ付いて震える楓に、父親は苦笑した。

「楓は怖がりでね。特に人形の類は苦手なんだよ。親戚の家で、夜に人形を見て失神したことがあるくらいに」

「ああ、ぬいぐるみはともかく、ビスクドールは確かに、夜見たいものではないですね」

気持ち顔色を青くする楓の肩を、本郷が撫でてくれた。


 これは楓自身でもどうしようのない衝動である。引越し業者に頼むほどの大量のビスクドールを、楓は想像しただけでもゾッとする。

 そんな楓の様子を気遣いつつ、新井先生が話を進める。

「でね、石守さん私の家で、アンティークの中でも二つを選んだじゃない?」

この話の流れは、嫌な流れだ。楓はふるふると頭を横に振る。北川が、楓を真剣な表情で見る。

「ぜひ、お嬢さんに私の人形を見ていただけないか、と思いまして」

父親が女性二人を見た後、ちらりと楓を見る。

「ああ、楓はたしかに、そういうカンが働く子ではありますが……」

「楓さん?大丈夫ですか?」

本郷に肩を抱かれて揺すられても、楓は反応できなかった。


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