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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第四話 ビスクドール

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19/66

その1

「本郷先輩ってホントカッコいいよねー」

「体育のときの先輩を、私見ちゃった」

「いいなー」

「クールで大人でさぁ」

「笑わないのが、またミステリアスだよねぇ」

窓際に座っている女子グループの会話が聞こえてくる。

 時間は放課後、明日から大型連休だということもあり、クラスメイトの心は浮き足立っているようだった。あちらこちらで連休の予定を話していたりと、雑談を繰り広げている生徒たち。その中の会話を、楓はなんとなく聞いていた。

 ――クールで大人で、笑わない人か

 学校内での本郷のイメージは、だいたいこの三つである。楓も教室移動中の本郷を一度見かけたことがある。クラスメイトと言葉少ない会話を交わしながら、冷たい表情で前を向いているのが印象的だった。きっとあれが、普段の本郷なのだ。


 思えば初対面の本郷は、楓も近寄りがたい印象だった。今でもちょっと緊張してしまう。しかし時折、その冷たい雰囲気が和らぐことがある。

 ――私が、先輩の秘密らしきことを、知っているからかな?

 そのせいで、心のガードが緩むのかもしれない。あり得ることだ。楓が本郷を校内で見かけた時は、表情が動いていることはない。しかし先日同好会で出かけたときは、とてもいろいろな表情を見せていた。クラスメイトらしい莉奈も珍しがっていたくらいだ、きっと表情が動く本郷はレアなのだろう。

 ――みんなが知らない先輩を知っているって、ちょっと優越感かも

 楓は内心ニンマリとしてしまいそうになる。しかし、本郷が郷土歴史研究会に所属していることは秘密であった。

「自分で言うのもなんですが、女子に殺到されても困ります」

という本人談であった。部長の莉奈としても、それは歓迎できない状況であったので、楓と寧々も黙っておくと約束している。


 そんな郷土歴史研究会は、今日の放課後の活動は休みである。昼休みの会話によると、橋本姉妹は明日からの連休で、家族旅行に出かけるのだとか。

「お土産買ってくるね!」

と寧々が約束してくれた。友人から旅行土産を貰うことも、楓は人生初かもしれない。

 そんな楓の連休の過ごし方は、神社で巫女のアルバイトである。小さな神社とはいえ、休みの日にはそこそこ参拝客が訪れる。なのでお守りを売るアルバイトをするのだ。どうせ予定もないことであるし、父親の頼みに頷いてしまった。それを聞いた寧々から、

「巫女さん姿の楓ちゃん、見たい!」

と言われてしまったが、特別珍しいものではない。ただの白の着物と袴姿である。しかし巫女装束を着た楓の写真をメールで送ることを、寧々に約束させられた。

 ――のんびりアルバイトも、いいよね

 入学式からこちら、楓の周囲は慌しいものであった。原因は主に本郷にあると言えるのだが。なので連休は、ゆっくりのんびり過ごすと決めていた。


***


「いいね、俺の好みだ。感触がたまんねぇな」

「……はい?」

驚きの表情を見せる彼女が、腕を引かれて床に倒れこむ。その上に跨り、腕を伸ばして彼女の胸元のふくらみに触れる。

「ああ、やわらかい」

突然のことに固まる彼女の胸を、さらに大胆に揉みしだいていく。そのやわらかさに夢中になる。これを、布越しでなく直に触れたい欲求に駆られる。

「せっ、ちょっ、やっ」

彼女が頭を叩いてくる衝撃も軽いもので、到底行為を止めることなどできない。性急に彼女のブレザーを脱がせると、露になった白いうなじがなまめかしく映る。そこに鼻先を埋めて、邪魔な手を絡め取ってしまう。


「あのちょっと……」

「ムッチリちゃんは、ムッチリのままがいいんだって」

首筋から香る、彼女の汗の匂いにさらに興奮する。もっと堪能したくて、彼女の制服のネクタイを緩める。同時にシャツのボタンを外せば、その白い胸元と愛らしい下着がむき出しになる。

「あなた、ひょっとして副音声の方ね!?」

「ムッチリちゃんは活きがいいな」

未だ抵抗を続ける彼女の、その清楚な雰囲気と裏腹に、動くことで弾む胸のふくらみが引き付けて止まない。自然に口元に笑みを浮かべると、首筋からゆっくりと胸のふくらみまで、口付けていく。微かな汗の味がして、それをもっと堪能すべくペロリと舐めた。

「んっ……」

彼女が震えた。それに気分をよくして、もっと感触を味わおうと――


 ピピピピ……!

 目覚まし時計のアラーム音で、巽は目を覚ました。しかし一瞬自分がどこにいるのか、把握できない。

 ここは、自分の家の、自分の部屋の、自分のベッドの上だ。そして今は、朝。

「……夢」

巽はゆっくりと起き上がり、深呼吸を数回繰り返した。寝起きだというのに、息が荒い。

「……なんという夢を」

夢から醒めても、まだ興奮が残っているのがわかる。彼女の匂いや味、手に残る感触まで憶えている。

「あれは、あの時のことですか……」

放課後、自らが呼び出した石守に対して、乱暴を働いたという事件。その詳細を夢に見たのだ。


 最近の巽は、よく夢を見る。それも、記憶をなくしていると思っていた時間の夢をだ。よくあるのは、暴言を吐いたり、人を殴ったりという類の夢だった。

 石守が神様の言葉だと言っていた内容によると。巽の心は恨みや憎しみなどの心を石に吸わせて排除していたのだという。だから夢の内容は、きっと巽の中のもう一つの心が行ったことなのだ。医師の言っていた「二重人格」という診断は、あながち間違ってはいなかったことになる。夢に見ることで、己の心の確認を行っているのかもしれない。

 ――だとしても、これはない……!

 自分は記憶がとんでしまうほどに、直に触れたい欲望を抑えられなかったというのか。出会って一月もたたない、純粋な彼女に。これでも、己を律することに長けていると自負があったというのに。


 自分も人並みに思春期というものを経ている自覚はある。けれど、性欲というものとは縁がない人間だとばかり思っていた。もしかすると、一生抱かないかもしれないとも。

 それが彼女を前にすると、心の中のなにかか暴れ出す。

 ――とりあえず、風呂に入ろう

 汗をかいたのもあるが、今は頭から水を被りたい気分である。

 風呂場で水のシャワーを浴びた巽は、少し身体が冷えたことで、興奮もさめたようだ。その後ついでに洗濯をしてしまおうと、洗濯機を回す。

 ――今日は兄さんが朝から出かけていて、本当によかった

 洗濯機がまわる音を聞きながら、巽はパンをかじる。今日から連休だというのに、最悪の朝である。当初は図書館に行く予定だったが、とうていそのような気分ではない。こんな時は、無心に弓を引きたくなる。

「そうだ、行ってみましょうか」

弓を引ける場所があることを知っている今、我慢することはない。

 巽はそうと決めれば手早く準備をして、洗い終えた洗濯物をベランダに干していく。

 この時点で巽は気づいていなかった。弓を引ける場所には、今日の夢の本人がいることに。


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