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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第三話 郷土歴史研究会

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その6

お好み焼きを食べたら今日の活動は終わりである。

一同は再びバスに揺られ、駅前まで戻ってきた。

「それじゃあ解散!みんなまた月曜日にね」

新井先生の解散宣言で、みんなは散り散りになっていく。

 とはいえ、橋本姉妹は当然同じ家に帰るのだし、本郷と新井先生の家は同じ方向である。一人帰路に着こうとしていた楓を、本郷が呼び止めた。

「石守さん」

「はい?」

なにか用事が残っていただろうか、と楓は振り返る。

「家まで送っていきますよ」

本郷がそう言って楓に並んだ。本郷の後ろで、新井先生がにこにこ笑っていた。

「そうしてもらうといいわ。石守さんは途中調子を崩したでしょう?なにかあると心配だから」

新井先生も、楓に本郷に送ってもらうことをすすめてくる。


 二人掛りで言われてしまうと、楓に断る勇気はない。楓がなにも言えないでいると、本郷は横に並んで先に歩き出した。

「あ……」

楓は慌てて追いかけた。そのまま、二人はしばらく無言で歩いていたが。

「疲れていませんか?」

本郷が楓の体調を気遣って尋ねてきた。楓は本郷を横目で見上げる。

「……少しだけ。あの、友達と休みに出かけるって、したことない、ので」

「おや、そうなのですか」

変な言い訳をしてしまった楓に、驚いたように本郷が目を丸くする。自ら寂しい私生活を暴露した形になった楓は、それに気付いたときは遅かった。恥ずかしくて、自然俯いてしまう。

「では、今日は初体験がたくさんあったのですね。それに立ち会えた身としては、とても光栄です」

本郷のフォローに、楓は少しだけ顔を上げる。本郷を視線が合った。

「あの、変なこともあったけど。とても、楽しかったです」

「僕も、楽しかったですよ」

本郷が優しい笑みを見せた。


 楓はそれだけで、気分が浮上するのがわかる。

 ――バカじゃないの私、先輩はきっと、みんなに優しいの

 なんといっても王子様と呼ばれる人だ。そんな人物を相手に勘違いなどしては、恥をかくのは自分である。

 その後は二人とも、また無言で歩く。でも時折本郷を見ると、目が合った本郷が軽く微笑んでくれる。楓は気の利いた会話ができない自分に落ち込みながら、それでも微笑む本郷に安心する。

 そんな風に二人の時間は過ぎていく。

 神社の麓の鳥居前で、楓は立ち止まった。さすがに本郷にこの階段を上らせるのは気の毒だ。

「ここでいいです。先輩ありがとうございます」

楓は本郷にお辞儀をして、ここまで送ってくれたお礼をする。

「どういたしまして。ではまた、学校で」

「はい、学校で」

挨拶をすると、ここでお別れだ。


 階段を上る楓を見送っている本郷の視線から早く逃れたくて、楓は長い階段を一気に駆け上がる。神社に着いたときには息も絶え絶えだったが、楓はそのまま神殿へ突撃する。

『どうした楓』

肩で息をして床に倒れこむ楓に、石神様が驚きの声を上げる。

「なんでも、ない。ちょっと、走りたかった、だけ」

楓は声を出すのも息苦しかった。

『そうか、人間そのような気分になるときもあろうな』

なにも追及しない石神様が有り難い。

 楓はそのまま息が整うのを待つと、古墳での出来事を話した。

『ふむ、そのような古い墓の主であれば、より神に近しい生であったのだろう。楓に宿る、我の気配に反応したのだな』

石神様の解説に、楓は納得できたものの、全く気は済まなかった。

「すっごく怖かったんだから」

『よしよし、少々念を纏わり付かせておるな。綺麗に喰ろうてやろう』

楓を慰めるように、石神様が念を食べてくれた。

 少し身体が楽になった気がする楓は、思い出し笑いをする。

「でも、楽しかったよ」

『そうか、それはなによりだ』

こうして、楓の長い一日が終わろうとしていた。


***


巽が家に帰ると、兄がすでに帰宅していた。

「おう、お帰り」

「兄さん、いたんですか」

 巽は荷物をリビングに放り出すと、冷蔵庫から冷えたお茶を出して、コップに注ぐ。今日は予想よりもだいぶ暑かったので、喉が渇いていたらしい。巽はお茶を二杯ほど一気飲みする。

 リビングのソファに座る兄が、巽をじっと見ている。

「……なんですか」

兄のなにか言いたそうな視線に、キッチン越しに巽が尋ねる。兄がにやりと笑った。

「なぁどうだった?楓ちゃんとのデート」

「なんですかそれは」

兄の茶化すような声に、巽は嫌な顔をした。


「今日は同好会のみんなで出かけたのであって、そのような行事ではありません」

巽がぴしゃりと否定するが、まだ兄はにやにやと笑っている。

「だってよお前、去年は同好会の活動になんて、一度も顔を出さなかったくせに。名前を貸すだけだとか言って」

兄の反論に、巽は沈黙する。全くその通りだからだ。

「せっかくの高校生活を、少しでも楽しもうと心を改めたまでです」

巽はお茶を冷蔵庫に仕舞うと、ダイニングのイスに座る。

 巽の言い訳に、兄はなおも食い下がる。

「香織ちゃんから、仲よさそうな写メもらったもんね」

「はい?」

ほれ、と兄が掲げるスマホに写っているのは、確かに巽と彼女の姿であった。古墳を覗いて二人で笑っている瞬間である。いつの間に撮られたのだろうか。油断していた。


 ――しかし、撮られたのがこれでよかった

 もしこの後の彼女を抱きしめているシーンを撮られたりしたら、どうなっていたかわからない。あの時は、何かに怯えるようであった彼女を早く落ち着かせなければと、それだけを考えていたのだ。今にして思えば、ずいぶん大胆な行動をとったものだ。

 巽がそんな回想に耽っていると。

「女を視界に入れない奴だったお前が、女と一緒に出かける。こんなに喜ばしいことはない。ちゃんと親父にも報告しておいたとも」

父親に話が行ったと聞いて、巽はぎょっとする。なにやら事が大きくなっている。

「兄さん、恥ずかしいことをしないでください!」

「そう言うな、親父も喜んでいたぞ」

同じ学校の女子生徒と出かけた程度で親に報告されるとは、自分はどこの幼稚園児だろうか。巽は脱力してしまう。


 兄が巽の正面のイスに移動してきた。

「楓ちゃんは、いい娘だったか?」

にやにや笑いを止めた兄が、巽に聞いてくる。

「……裏表のない、素直な人だと思いました」

東京で暮らしていた時に、巽を囲んでいた女性たちとは、正反対な彼女。

「そっか。そういう娘がお前の好みか」

「好み、というわけでは……」

兄の言葉に、巽はドキリとする。彼女にむかって「好みだ」などと言ってしまった自分は、どうかしていたと思う。まだ出会って二週間しか経過していない相手に、なにを言っているのだろう。

「じゃあ、どんなのが好みよ?」

兄は巽になにを言わせたいのだろうか。しかし、なにかしら答えなければ、しつこいだろう。


「臭い女性は嫌いです。けど、やわらかい女性は、癒されます」

巽の答えに、兄は微妙な顔をした。

「お前、それ他の表現に置き換えた方がいいぞ」

「なんですか?」

巽には、何故兄がそんな顔をするのかわからない。

「やわらかいって、よくとられてもエロくさいし、悪ければ、太っているって言ってると誤解されるぞ」

「……そうですか?」

そういえば、自分は彼女にやわらかいとも言ったのだ。その時の彼女は固まっていた気がする。

 思えば彼女は、ダイエットをしていると言ってみたり、今日も重いと気にしてみたり、自分の体型を気にしているようだった。しかし彼女は細くはないが、決して太ってもいない。形容するならば、グラマーなのである。いたって女性的な身体つきともいえる。


「なに、ひょっとしてもう言っちまったとか?」

「誤解を与えてしまいましたかね」

表情を曇らせる巽に、兄はアドバイスをする。

「フォローは早目がいいぞ。メルアド交換くらいはしたんだろうな?」

「してませんよそんなこと」

緊急に連絡を取らねばならない用件もないのに、メルアドを尋ねるなど不自然極まりない。そう主張する巽に、兄は呆れていた。

「お前、意外と不器用だな」

「すみませんね、どうせ不器用ですよ」

今日二度目の「不器用」という言葉に、巽は顔をしかめる。

 ――でも、石守さんは料理の手際がよさそうでしたね

 他人の手料理など食べたのは、何時振りだったであろうか。

 思い出し笑いをする巽を兄が楽しそうに眺めていたことに、巽は気付いていなかった。


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