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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第三話 郷土歴史研究会

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その5

楓たちは先を行くみんなと、ようやく合流した。

「楓ちゃん、どうしたの!?」

本郷に背負われた楓の姿に、寧々が飛んできた。

「先ほど、足を滑らせてしまったようなのです」

本郷がみんなに上手く言い訳をしてくれて、その背中で楓はホッとする。

「まあ、大変」

「大事になっていないといいが」

新井先生と莉奈まで寄ってきた。ただ腰を抜かしただけの楓としては、身の置き所に困ってしまう。

「それほどひどくはなかったのですが。念のためにこうしているまでです。そろそろ歩けそうですか?」

本郷が台詞の後半で楓に尋ねてきた。背中で楓がもぞもぞしていることに気付いたからだろう。


「えっと、一度降ろしてもらっていいですか?」

本郷にしゃがんでもらい、楓はゆっくりと地面に足をつける。今度はちゃんと立てた。ヘッドフォンを外しても、もうあの声は聞こえない。

「なんとか平気みたいです。先輩ありがとうござました」

楓は本郷に頭を下げてお礼を言う。

「無理はいけませんからね」

本郷が少し心配そうな顔をした。

 存外平気そうな楓の様子に、他の三人はホッとしていた。

「よし、楓ちゃん手を繋いで行こう!」

「辛かったら言うのだぞ?」

橋本姉妹に気を使われながら、楓は山を降りていく。

 ――もう絶対、ここには来ない

 楓は心の中で固く誓うのだった。



それから、みんなでお好み焼き屋まで移動することにした。寧々のリクエスト通り、そこで昼食にするのだ。

「運動した後のご飯は、格別に美味しいよねぇ」

寧々はむしろこちらが主目的であるので、楽しそうである。

「お好み焼き、久しぶりに食べるかも」

そんな寧々と手を繋いで、楓も笑った。

 山を下りてしばし歩くと、目的のお好み焼き屋があった。このお店では、店員のおばさんが焼いてくれるスタイルだ。

 店の奥にある座敷に上がり、全員で鉄板を囲むように座る。楓は莉奈と寧々に挟まれる形で座った。本郷は楓の正面だ。これは最近、昼食時のいつもの席順になっていた。


「自分で焼いてみる子はいるかい?」

「やるー!」

おばさんに聞かれて、寧々が元気一杯に手を上げた。

「私も、焼こうかな」

楓も続いて手を上げる。せっかくだから、自分で焼いて食べたかった。他の三人はお任せのようだ。

 楓は寧々と一緒に、おばさん指導の下でお好み焼きを作っていく。

「お嬢ちゃんたち、上手だね」

おばさんが三人分を器用に焼きながら、楓と寧々の焼き具合を確かめてくれた。

「やった、褒められた!」

「へへ……」

楓は自分でも上手く焼けていると思うので、おばさんの言葉がお世辞であっても嬉しかった。


 そしてそんな二人を、感心するように眺める人物がいた。

「二人とも、器用ですね」

珍しいものを見るかのように、お好み焼きを焼く二人を眺めるのは、本郷だった。

「えー?器用って言っても、混ぜて焼くだけだよ?」

「……そうだね」

楓が寧々と二人で首を傾げる。お好み焼きは、それほど感心される器用さが求められる料理ではないだろう。焼き加減などは経験がいるだろうが、調理工程は単純だ。

 莉奈が声を上げて笑った。

「コイツはな、料理が壊滅的に駄目なのだよ」

「……」

莉奈の言葉に、本郷が視線を明後日の方向に逸らした。


「え、本郷先輩ってば不器用さん?意外ー!」

寧々がビックリしたように言う。寧々と同じくらいに楓も驚いていた。本郷は見た目、なんでもそつなくやってのけるように見えるのだ。

 莉奈が、さらに笑って続ける。

「いや、コイツは器用だぞ?美術だって図工だって裁縫だって、たいていのことは上手くこなす。だがな、こと料理に関してだけは、その才能が逆ベクトルに働くらしい」

「へー!完璧超人みたいな顔して、そんな弱点があるんだぁ」

寧々に楓も激しく同意する。意外すぎる弱点である。

「調理実習でも、本郷に調理器具や茶碗を洗う以外の作業をさせてはいけないと、同じクラスならば知っていることだ」


そんな話が同じクラス以外に出回っていないことが、楓には不思議に思える。本郷はあれほど、全校生徒注目の的であるのに。それともその話を聞いても、本当であると信じられないのかもしれない。ありうる話だ。

「ああその話、確かに家庭科の先生から聞いたことあるわ。あれだけ器用な生徒なのに、不思議な現象が起こるんだって」

新井先生にまで、本郷は話の裏付けをされてしまう。

「すみませんね、家族からも、台所に絶対立つなと厳命されていますとも」

少しだけふてくされたようにする本郷が、楓はなんだか可愛く感じられた。クスクスと笑いを漏らす楓に、本郷は恥ずかしそうな顔をした。

 そんな話で盛り上がっていると、おばさんに焼き上がりを宣言された。ようやく食事タイムである。


「あの、店員さんが焼いてくれたのも、食べてみたいです」

莉奈か新井先生に一口貰えればいい。楓としてはそのくらいのつもりの軽い発言だったが。

「では僕のを半分にして、交換しますか?」

楓としては予想外のことに、本郷がそう申し出た。

「……いいんですか?」

「ええ、僕も石守さんのを食べてみたいですし」

『やりぃ!ムッチリちゃんの手料理だ!』

副音声には悪いが、手料理というほどのものだろうか。繰り返すが、混ぜて焼いただけだ。

 それでも本郷ににっこり笑って言われては、「やっぱりいいです」とは言い難い。楓は好意を素直に受け取り、本郷のお好み焼きを半分もらった。代わりに自分の分も半分にして、本郷に進呈する。

「おねーちゃん、私も!」

「わかったわかった」

橋本姉妹も、同じように半分こしていた。


 みんなにお好み焼きがいきわたったのを確認した新井先生が、食事の挨拶をする。

「それじゃあ、いただきましょう」

「「「「いただきます」」」」

寧々と美味しいを言い合いながら、熱々のお好み焼きを食べている楓の横では。

「本郷お前、実は面白い男だったのだな」

「なんですか、急に」

莉奈と本郷が会話をしていた。

「お前の表情筋はちゃんと仕事ができるのだな、と。クラスメイトについて新たな発見をしたまでだ」

「……そうですか」

「まあ、滅多にないレアなものを見せてもらった気分だな」

楽しそうな莉奈と、苦々しい顔の本郷。

 二人の不思議な会話を、楓は聞くともなしに聞いていた。


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