その5
楓たちは先を行くみんなと、ようやく合流した。
「楓ちゃん、どうしたの!?」
本郷に背負われた楓の姿に、寧々が飛んできた。
「先ほど、足を滑らせてしまったようなのです」
本郷がみんなに上手く言い訳をしてくれて、その背中で楓はホッとする。
「まあ、大変」
「大事になっていないといいが」
新井先生と莉奈まで寄ってきた。ただ腰を抜かしただけの楓としては、身の置き所に困ってしまう。
「それほどひどくはなかったのですが。念のためにこうしているまでです。そろそろ歩けそうですか?」
本郷が台詞の後半で楓に尋ねてきた。背中で楓がもぞもぞしていることに気付いたからだろう。
「えっと、一度降ろしてもらっていいですか?」
本郷にしゃがんでもらい、楓はゆっくりと地面に足をつける。今度はちゃんと立てた。ヘッドフォンを外しても、もうあの声は聞こえない。
「なんとか平気みたいです。先輩ありがとうござました」
楓は本郷に頭を下げてお礼を言う。
「無理はいけませんからね」
本郷が少し心配そうな顔をした。
存外平気そうな楓の様子に、他の三人はホッとしていた。
「よし、楓ちゃん手を繋いで行こう!」
「辛かったら言うのだぞ?」
橋本姉妹に気を使われながら、楓は山を降りていく。
――もう絶対、ここには来ない
楓は心の中で固く誓うのだった。
それから、みんなでお好み焼き屋まで移動することにした。寧々のリクエスト通り、そこで昼食にするのだ。
「運動した後のご飯は、格別に美味しいよねぇ」
寧々はむしろこちらが主目的であるので、楽しそうである。
「お好み焼き、久しぶりに食べるかも」
そんな寧々と手を繋いで、楓も笑った。
山を下りてしばし歩くと、目的のお好み焼き屋があった。このお店では、店員のおばさんが焼いてくれるスタイルだ。
店の奥にある座敷に上がり、全員で鉄板を囲むように座る。楓は莉奈と寧々に挟まれる形で座った。本郷は楓の正面だ。これは最近、昼食時のいつもの席順になっていた。
「自分で焼いてみる子はいるかい?」
「やるー!」
おばさんに聞かれて、寧々が元気一杯に手を上げた。
「私も、焼こうかな」
楓も続いて手を上げる。せっかくだから、自分で焼いて食べたかった。他の三人はお任せのようだ。
楓は寧々と一緒に、おばさん指導の下でお好み焼きを作っていく。
「お嬢ちゃんたち、上手だね」
おばさんが三人分を器用に焼きながら、楓と寧々の焼き具合を確かめてくれた。
「やった、褒められた!」
「へへ……」
楓は自分でも上手く焼けていると思うので、おばさんの言葉がお世辞であっても嬉しかった。
そしてそんな二人を、感心するように眺める人物がいた。
「二人とも、器用ですね」
珍しいものを見るかのように、お好み焼きを焼く二人を眺めるのは、本郷だった。
「えー?器用って言っても、混ぜて焼くだけだよ?」
「……そうだね」
楓が寧々と二人で首を傾げる。お好み焼きは、それほど感心される器用さが求められる料理ではないだろう。焼き加減などは経験がいるだろうが、調理工程は単純だ。
莉奈が声を上げて笑った。
「コイツはな、料理が壊滅的に駄目なのだよ」
「……」
莉奈の言葉に、本郷が視線を明後日の方向に逸らした。
「え、本郷先輩ってば不器用さん?意外ー!」
寧々がビックリしたように言う。寧々と同じくらいに楓も驚いていた。本郷は見た目、なんでもそつなくやってのけるように見えるのだ。
莉奈が、さらに笑って続ける。
「いや、コイツは器用だぞ?美術だって図工だって裁縫だって、たいていのことは上手くこなす。だがな、こと料理に関してだけは、その才能が逆ベクトルに働くらしい」
「へー!完璧超人みたいな顔して、そんな弱点があるんだぁ」
寧々に楓も激しく同意する。意外すぎる弱点である。
「調理実習でも、本郷に調理器具や茶碗を洗う以外の作業をさせてはいけないと、同じクラスならば知っていることだ」
そんな話が同じクラス以外に出回っていないことが、楓には不思議に思える。本郷はあれほど、全校生徒注目の的であるのに。それともその話を聞いても、本当であると信じられないのかもしれない。ありうる話だ。
「ああその話、確かに家庭科の先生から聞いたことあるわ。あれだけ器用な生徒なのに、不思議な現象が起こるんだって」
新井先生にまで、本郷は話の裏付けをされてしまう。
「すみませんね、家族からも、台所に絶対立つなと厳命されていますとも」
少しだけふてくされたようにする本郷が、楓はなんだか可愛く感じられた。クスクスと笑いを漏らす楓に、本郷は恥ずかしそうな顔をした。
そんな話で盛り上がっていると、おばさんに焼き上がりを宣言された。ようやく食事タイムである。
「あの、店員さんが焼いてくれたのも、食べてみたいです」
莉奈か新井先生に一口貰えればいい。楓としてはそのくらいのつもりの軽い発言だったが。
「では僕のを半分にして、交換しますか?」
楓としては予想外のことに、本郷がそう申し出た。
「……いいんですか?」
「ええ、僕も石守さんのを食べてみたいですし」
『やりぃ!ムッチリちゃんの手料理だ!』
副音声には悪いが、手料理というほどのものだろうか。繰り返すが、混ぜて焼いただけだ。
それでも本郷ににっこり笑って言われては、「やっぱりいいです」とは言い難い。楓は好意を素直に受け取り、本郷のお好み焼きを半分もらった。代わりに自分の分も半分にして、本郷に進呈する。
「おねーちゃん、私も!」
「わかったわかった」
橋本姉妹も、同じように半分こしていた。
みんなにお好み焼きがいきわたったのを確認した新井先生が、食事の挨拶をする。
「それじゃあ、いただきましょう」
「「「「いただきます」」」」
寧々と美味しいを言い合いながら、熱々のお好み焼きを食べている楓の横では。
「本郷お前、実は面白い男だったのだな」
「なんですか、急に」
莉奈と本郷が会話をしていた。
「お前の表情筋はちゃんと仕事ができるのだな、と。クラスメイトについて新たな発見をしたまでだ」
「……そうですか」
「まあ、滅多にないレアなものを見せてもらった気分だな」
楽しそうな莉奈と、苦々しい顔の本郷。
二人の不思議な会話を、楓は聞くともなしに聞いていた。




