その4
「着いたー!」
「涼しいな」
寧々と莉奈が、深呼吸をしている。
公園がある山頂付近に到着すると、一同は小休止をとることにした。
「今日はあっついねー」
「だね」
楓は寧々と並んで座り、持ってきたお菓子を交換することにした。友人とのこんな些細なやり取りも、楓はとても楽しい。
「そんなに高い山じゃないのに、景色いいねー」
「ほんとだ、見晴らしがいいね」
座った場所から見える景色に、楓は寧々と二人で歓声を上げる。
「古墳って、こんな景色のいい場所にあるんだね」
楓がそんな感想を抱くと、新井先生が楓の横に座る。
「案外惜しいかもよ、石守さん。景色がいいから、ここに古墳を作ったんじゃないからしら」
新井先生の言っていることの意味がよくわからず、楓は首を傾げる。
「景色のいい場所に墓を立てるのは、金持ちのステータスというわけだな」
新井先生の言葉を補足するように、寧々の隣で莉奈がそんなことを言う。
「なんか納得かも。今でも日当たりがよかったり、ナントカビューなお墓って、超高いってテレビで言ってたもんね」
寧々の意見に、楓もなるほどと頷いた。お墓事情などは、古代も現代も変わらないということかもしれない。
休憩が終わったら、公園の案内板にしたがって、いよいよ古墳巡りである。この公園には、複数の古墳ポイントがあり、それぞれに特徴があるらしい。
第一ポイントと記されている場所から、一同は順番に見ていく。古墳でも様々な種類があるらしい。
今ではむき出しの岩が並んでいるだけに見えるものも、当時は最先端のお墓だったのかもしれないと思うと、楓はなにやら微笑ましい気持ちにすらなってくる。
「みんなと同じお墓じゃ嫌だったのかな」
「同じ人間の考えることですからね。今の僕等の感覚と、案外似ているのかもしれませんよ」
楓の覗いている古墳を、本郷が横に立って眺める。
楓は本郷と並んで、古墳から見える景色を楽しんでいた。他のみんなはずっと先に進んでいる。楓ののんびりしたペースに、本郷が合わせてくれているようだ。
「なんだかここに立っていると、ちょっと偉くなった気分になれますね」
高い場所にいるだけで、気分が高揚してくるのだから、人間とは単純なものだ。楓がそう言うと。
「だからきっと、偉い人は高い場所が好きなんですよ」
「あは、そうかも」
楓が本郷と二人で笑いあった。
「そうなると、一番高い場所にある古墳が、一番偉い人のものってことですかね?」
「たぶん、そういうことではないでしょうかね」
楓は本郷とそんな会話をしつつ、涼しい山の空気を満喫しながら、一番高い場所にある古墳ポイントにやってきた。
「ここは一段と眺めがいいです」
「この景色をずっと見下ろしているのは、気分がいいでしょうね」
二人で並んで立っていると。
『神よ』
声が聞こえた。
「……え?」
はっきりとした、地鳴りのような声だった。
『神が参られた』
『神よ、どうか……』
『神よ』
いくつもの声が、輪唱のように広がっていく。
「え、いや……」
楓の周りを、声が渦巻く。
『神よ、救いたまえ』
「石守さん?どうしました」
本郷の声が聞こえ辛い。声に、侵食されていく。
――なにこれ、なにこれ!
「わたしは、そんなんじゃないよ」
「石守さん、しっかり」
本郷に腕を掴まれた。
『神よ、我等に救いを』
『『『神よ!』』』
「いやっ!」
――やめて、私は神様じゃない!
たまらずに、楓はその場にしゃがみこむ。
身を堅くして震える楓を、温かいものが包み込んだ。
「大丈夫ですか?」
楓の耳に、ヘッドフォンが当てられる。石の声が少し小さくなった。
「なにか、聞こえてしまいましたか?」
本郷の声がヘッドフォン越しに、楓の耳の側で聞こえる。しゃがみこんだ楓を、本郷が抱きしめていた。トクトクと感じる本郷の心音に、楓はたまらない安心感を覚えた。
「……せんぱいぃ」
泣きそうになるのを堪える楓の背中を、本郷が軽く叩いてくれた。
「石守さんは最初から、気乗りしない様子でしたしね。怖いと言ってくれてよかったのですよ」
「だって、こんなんだとは、思ってなかったぁ……」
ヘッドフォン越しにも、はっきりと聞こえる神を求める声。この声から、早く離れたかった。
楓の気持ちを察したのか、
「ここから離れましょう。立てますか」
本郷が抱きしめる腕を緩めて、楓に確認してきた。
「はい……あれ」
楓はすぐに立ち上がろうとするが、腰から下がふにゃりと崩れてしまう。数回挑戦するも、その都度地面に逆戻りをする羽目になる。
「うぅ、なんで?」
楓はもう、堪えていた涙が溢れ出してきていた。
「どうやら、腰が抜けてしまっているようですね」
泣き出した楓に、本郷が頭を撫でた。
「みんなはもう先に行っています。ほら、背中に乗ってください」
本郷が楓の前に背中を向けて跪いた。
「……私、重いです、きっと」
恥ずかしいのと情けないのとで、楓の頭の中はぐしゃぐしゃだった。
「そうだとしても、ご心配なく。これでも鍛えていますから」
『ムッチリちゃんはムッチリなんであって、重くはないぜ』
主音声と副音声が同時に言った。ムッチリと重いは違うらしい。楓は泣きながら変なことに納得してしまった。
本郷との押し問答に、結局楓の方が折れた。
楓は本郷の背中に乗り、首にしがみ付いた。本郷が楓のお尻を支えて、立ち上がる。
――わ、視線が高い
本郷の背中から見えるいつもと違う視界に、楓の涙が引っ込んだ。
「おや、泣き止んだようですね」
本郷が肩越しに楓を見る。すぐに泣いてすぐに泣き止む。まるで子供のようだ、と楓は落ち込む。
「……すみません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑をかけたのはお互い様です」
本郷はにこりと笑ってみせると、みんながいるであろう場所に向かって歩き出した。落ちないように、楓はぎゅっと本郷にくっついた。
――男の人に、こんなにくっついたこと、ない
楓の心臓は、ドキドキが止まらなかった。




