その3
それから週末になり、郷土歴史研究会のメンバーで古墳にでかける日がやってきた。古墳のある公園にはバスで向かう。なので駅前のバス停に集合することになっていた。
楓は十五分前にバス停に到着した。そこにはすでに本郷が待っていた。一人で立っている本郷を、通りすがりの女子高生らしき人たちがチラチラと見ている。無理もない、小さめのバックを肩からさげて、街灯に背を預けて立っている本郷は、まるでモデルみたいであった。
――どうしよう、すごく近付きたくない
あんなに目立つ人物の近くに行くなんて、楓には抵抗がある。しかし、楓の姿を発見した本郷が、こちらに軽く手を振った。先ほどの女子高生たちがすごい目つきで楓を見る。
楓は見つかってしまっては隠れることも出来ず、渋々本郷に近付いた。
「おはようございます。早いですね本郷先輩」
『おはようさん、ムッチリちゃん』
主音声よりも、副音声が早く挨拶をした。楓はもうこのムッチリちゃんという呼び名を諦めた。ちょっと変わったあだ名だと思うことにする。
「おはようござます。早いと言っても、僕も五分前に来たばかりです。石守さんは、今日もそのヘッドフォンをしているのですね」
トントン、と本郷がヘッドフォンを叩いてくる音が、耳の奥に響いてくすぐったい。話をするのに付けっぱなしも失礼だろうと、楓はヘッドフォンを取る。
「……外でこれをしていると、落ち着くんです」
楓は身軽なようにと、小さめのリュックを背負っただけなので、仕舞える場所がない。なので、外したヘッドフォンを首にかけておく。楓がヘッドフォンをいじるのを眺めていた本郷は、何かに気付いたらしい。
「もしかして、アレが原因ですか?」
「アレ、そう、それです」
本郷が言葉を濁して伝えたことに、楓は頷く。本郷は霊的なものが聞こえると思ったのだろうが、石の声が聞こえるのと大差はないだろう。
「ならば、ヘッドフォンを取れというのは、酷なことだったのですね」
初対面でのやり取りを思い出したのか、本郷が苦い顔をする。
「仕方ないです、校則ですから」
楓も苦笑いをする。
すると本郷が、楓の首にかかるヘッドフォンを手にとった。
「……先輩?」
楓が首を傾げると、本郷はヘッドフォンを楓の耳に当てた。
「全員が揃うまで、つけていればいいでしょう。なにかあったら知らせますよ」
本郷が楓に聞こえるように、ヘッドフォンをつけた耳元に口を寄せ、そう言ってくる。せっかくの親切に、楓は断るのも躊躇われた。
「……じゃあ、お願いします」
「はい、お願いされました」
楓に本郷がニコリと笑う。
――先輩が笑った
不意打ちのような本郷の二度目の笑顔に、楓はドキリとする。それから二人は無言で、寄り添うように立っていた。
その五分後。
「やあ諸君、おはよう」
橋本姉妹と新井先生がやってきた。楓は再びヘッドフォンを外して首にかける。
「楓ちゃんの私服可愛いー♪」
寧々が走ってきて、楓の服装チェックをする。
「そ、そうかな」
「うん、楓ちゃんらしい」
実は楓は昨日の夜、今日の服装について小一時間ほど悩んだ。だから褒められると嬉しい。楓が思わず笑顔になると。
『その服、胸が強調されてていいな』
副音声のそんな声が聞こえた。楓は思わず頬を赤く染め、本郷を見上げる。
楓の今日の服装は、薄い水色のチュニックにベージュのパンツ、上から濃い緑のパーカーを羽織っている格好である。チュニックは胸の下で生地がゆるく紐で縛ってあり、確かに胸の形がはっきりとわかると言えるかもしれない。でもこれが、体型がスリムに見えるのだ。
――でもなんか、すごい恥ずかしい!
胸元を隠すべきか、しかし傍目に自意識過剰に見えるのでは、と楓が挙動不審に陥っていると。
「どうかしましたか?」
楓に見られた気配を感じたらしい本郷が、首を傾げている。
「いえっ、なんでもないですっ」
顔を横にぶんぶんと振って否定する楓。
「貴様がどうせ、いやらしい目で楓を見ていたからだろう」
莉奈がそう言って楓と本郷の間に立ちはだかる。楓はそれを幸いと莉奈の後ろに隠れ、本郷の視線から逃れることに成功した。
「いやらしいとはなんですか。春らしい格好だなとは思いましたが」
本郷はとても不本意そうだ。それにしてもこの副音声、胸が好き過ぎではないだろうか。
――ということは、本郷先輩も胸が好きということに……やめよう、ここで考えることじゃないよね
「おしゃべりはそれくらいにね。バスがきたわ」
新井先生が微妙な空気を纏めてくれた。
楓はまともに本郷の顔が見られなくなり、バスに乗るまで終始俯いている羽目になった。
バスに揺られること十五分ほど。一同がバス停で降りると、目の前は小高い山になっている。この山の頂上付近が公園になっており、そこに古墳があるのだ。道路も整備されており、ちょっとしたハイキングコースになっていた。
「普段の運動不足解消にもって来いね」
「お天気もいいしねー」
ハイキングコースの入り口で、新井先生と寧々が楽しそうにしている。確かに今日は天気がいい、少し汗ばむくらいである。
「さあ、はりきっていってみよう」
そう言って莉奈が先頭を歩く。その後ろに寧々に新井先生と続き、最後が楓と本郷である。
「石守さん、荷物が重ければ持ちますよ」
楓の後ろから、本郷がそう声をかけてくる。
楓は未だ恥ずかしい気もするが、あまり引きずるのも良くない。第一本郷は悪くないことであり、楓が気にしすぎなのだ。
――自意識過剰だ、私
反省した楓は、少し歩みを遅らせて本郷と横に並んだ。
「毎日神社の坂道を登ってますから。結構頑丈なんです、私」
「そういえば、そうでしたね」
楓の言葉に、本郷がくすりと笑った。楓の気分が、少し浮上してくる。
――なんだか今日の本郷先輩、ちょっとまぶしい
学校での雰囲気と少し違っていて、楓はドキドキしてしまう。
「あれから、どうですか?」
せっかくなので、楓は気になっていた本郷のその後を聞いてみた。楓たちがのんびりと歩いているので、莉奈たちとは距離が開いている。尋ねるには絶好の機会だった。
「己の中の葛藤を、受け入れるように努力する日々です」
答える本郷は、どこか晴れやかだった。
「受け入れようと決めると、不思議と気持ちが楽になりました。他ならぬ神様から、背中を押されたからですかね」
「そう、ですかね?」
石神様のカウンセリングを通訳した楓としては、そう言ってもらえると有り難い。
「少なくとも、自分を否定せずにいることで、とてもストレスが減りました」
「なら、よかったです」
どうやら石神様が言っていた、人格崩壊の危機を乗り越えたようだ。
「そうだ、先ほどは茶化されましたが。石守さんのその格好、とても魅力的ですよ」
「……え?」
一瞬なにを言われたのかわからず、楓は呆ける。そんな楓を、本郷は頭からつま先まで眺める。
「とてもやわらかそうで、好みだ」
――今のは、どっち?
副音声ではない、明らかに本郷が喋った。しかし、あのお堅いイメージの本郷が、こんなことを言うなんて。本郷も、言葉にした後で驚いている様子だった。意識せずに、口からすべり出た言葉だったのかもしれない。
――本郷先輩はやっぱり胸が好きなのかも
楓の脳裏に情報が刻まれた瞬間だった。




