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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第二話 本郷巽という男

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その5

しかし、今更取り繕うのも難しい。どうしようかと楓が悩んでいると。

「ひょっとして、石守さんは霊感を持っているとか、そういう類の人なのですか?」

本郷がそのようなことを言ってきた。

 霊感と言う言葉に、楓は目を瞬かせる。「石の声が聞こえる」よりも、「霊感がある」の方が、表現がマイルドな気がする。

「そうなんです、実はほんのちょっとだけ、いろいろ感じるというか。神社の娘だからですかねぇ……」

「そうなんですか」

しどろもどろに説明してみせる楓に、本郷は納得した様子であった。そのことに、逆に楓の方が驚く。普通、霊感がどうのという話を信じるだろうか。


「あの、信じるんですか?」

恐る恐る尋ねると、本郷はとりたてて構えることなく答えた。

「実は、この石をくれた奴も、そういう類の家の人間なのです」

「へー……」

もらった石が、偶然霊石だったわけではないようである。

 楓が感心していると、本郷が意を決したように聞いてきた。

「もしかしてと思いますが石守さん、君は僕の発作の原因をご存知ではありませんか?」

「……発作?」

楓が首を傾げると、本郷が淡々と説明した。

 本郷の幼い頃は病弱で、すぐに熱を出す子供であった。このネックレスは、それを心配した友人がくれた。ネックレスのおかげか定かでないが、それ以来病気らしいものは一切しなかった。しかし最近になって自分の身の上に、奇妙な現象が起こるようになった。

「中学に入ってしばらくしてからですね。僕の記憶が時々とんでいることに気付いたのは」

本郷も最初は疲れているせいだと考えたらしい。しかしそれがだんだんと酷くなっていく。友人たちが、自分には記憶のない事柄について話されるようになり、だんだんと気味悪くなってきた。

「最近の僕は記憶がない間、普段の僕ではありえない行動をしてしまうのだそうです」

「あー……」

あの副音声は確かに、主音声の本郷とはかけ離れた性格をしている。知らない人間だと気がふれたと思ってもおかしくはない。実際本郷は病院に行っても、「二重人格」と診断されそうだ。


「君は、驚いたり怖がったりしないんですね」

楓の薄い反応に、本郷が目を細めて楓を見る。

「え、いや、えっと……」

副音声と入れ替わっているだけだと思っていた、などとは言えない。本郷も自分の心が読まれているなどと知れたら、さすがに楓を嫌悪するだろう。だが、上手い言い訳が思い浮かばず、楓は口元をもごもごさせるしかできない。

 だが幸いにも、本郷はそれ以上このことを追求しなかった。先ほどまでの話を続ける。

「僕の行動をストレスが原因だと考えた父が、身内を頼って僕をこちらに引っ越しさせたのです」

本郷は実際に、こちらに来てから症状は治まってきたらしい。それが入学式直後から、また再発するようになったのだとか。

 ――まずい、ひょっとして私のせいかも

 石神様の気配を纏う楓に、霊石だという石が反応したのだとしたら。楓は完全な被害者とは言えなくなってくる。

「平井先生から聞いたのですが、石守さんが音声がどうとか言っていたと。些細なことでもいいのです、なにかご存知ではありませんか?」

真剣な表情で、本郷が懇願してくる。どうしようかと、楓はちらりと石神様を見た。


『力になってやるしかないの、楓』

楓の罪悪感も、石神様にはお見通しだった。

『恨みや妬み、憎しみ、女を犯したいという欲。そういった心を、今までその霊石が吸い取り排除してきたのであろう。しかし霊石が吸いきれずに排除ができなくなった。それで己の内に残ったものに心が混乱し、異常をきたしているのだ。今の状況も、心が均衡をとろうとしているが故であろう』

本郷の疑問について石神様が答えてくれた。それを、楓は懸命に通訳する。

「えっと、恨んだり憎んだり妬んだりという心とか欲を、排除できなくなったのではないでしょうか」

石神様の言葉を、楓は若干省略する。女を犯すという言葉を楓の口から言うのは、とてつもなくハードルが高い。

「あのですね。今まではそういった心を、その霊石が吸い取っていたようなんです。でも霊石が一杯になっちゃったから、先輩の中でそういったものが溢れているんです。性格が変わるのも、心がバランスをとろうとしているのではないでしょうか」

「これが、そのようなことを」

本郷が、ネックレスを摘み上げて黒い石を見つめる。にわかには信じがたいのはわかる。見た目ただの黒い石なのだ。

「それが本当だとすれば、僕はもうこのままなのでしょうか」

落ち込む様子を見せる本郷に、楓はまた背後の石神様を見る。

『心の均衡を戻そうとするならば、方法は一つ。己の中のもう一つの心を自覚し、受け入れることだ』

「自分の中の恨み妬みなんかを、先輩が受け入れれば、解決するかもしれませんね」


楓の通訳に、本郷は不満そうである。

「そのような悪い心など、持たないに越したことはないのでは?」

「えーと……」

楓は石神様に助けを求める。

『誰でも持っている心だ。持たないように見える者は、それを隠すのが上手いだけ。決してなくなるものではない。昨日も言ったであろう、水清ければ魚棲まずだ。清く正しいだけの心は、歪なのだ』

「上手に隠せばいいことであって、なくしていいものではない、そうですよ。清く正しいだけなんて、心として不自然です。えー、水清ければ魚棲まず、です」

「……」

本郷が真っ直ぐに見つめる視線が痛い。このまま石神様のカウンセリングを、楓の手柄にしてしまうことも後ろめたい。

「以上、神様からのお言葉を通訳させていただきました」

なので楓は正直に暴露した。霊感があるという触れ込みならば、神様の声が聞こえてもいいだろう。いいことにしてほしい。

「……理解できました?」

石神様の話を通訳しているだけなので、説得力に欠けたのかもしれない。楓は不安になって、本郷に尋ねてみた。

「……少々、衝撃的な話だったので。でも、家に帰って家族と相談してみます」

「え、相談しちゃうんですか?」

神社でおかしな話を吹き込まれたとか、思われないだろうか。

「大丈夫です。家族も僕の状態をとても心配してくれています。それが改善されるならば、喜んでくれます」

そう本郷は言うものに、楓とては少々不安だ。

「なんというか、お大事に?」

楓は病院の挨拶のようなことを言ってしまった。


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