その5
しかし、今更取り繕うのも難しい。どうしようかと楓が悩んでいると。
「ひょっとして、石守さんは霊感を持っているとか、そういう類の人なのですか?」
本郷がそのようなことを言ってきた。
霊感と言う言葉に、楓は目を瞬かせる。「石の声が聞こえる」よりも、「霊感がある」の方が、表現がマイルドな気がする。
「そうなんです、実はほんのちょっとだけ、いろいろ感じるというか。神社の娘だからですかねぇ……」
「そうなんですか」
しどろもどろに説明してみせる楓に、本郷は納得した様子であった。そのことに、逆に楓の方が驚く。普通、霊感がどうのという話を信じるだろうか。
「あの、信じるんですか?」
恐る恐る尋ねると、本郷はとりたてて構えることなく答えた。
「実は、この石をくれた奴も、そういう類の家の人間なのです」
「へー……」
もらった石が、偶然霊石だったわけではないようである。
楓が感心していると、本郷が意を決したように聞いてきた。
「もしかしてと思いますが石守さん、君は僕の発作の原因をご存知ではありませんか?」
「……発作?」
楓が首を傾げると、本郷が淡々と説明した。
本郷の幼い頃は病弱で、すぐに熱を出す子供であった。このネックレスは、それを心配した友人がくれた。ネックレスのおかげか定かでないが、それ以来病気らしいものは一切しなかった。しかし最近になって自分の身の上に、奇妙な現象が起こるようになった。
「中学に入ってしばらくしてからですね。僕の記憶が時々とんでいることに気付いたのは」
本郷も最初は疲れているせいだと考えたらしい。しかしそれがだんだんと酷くなっていく。友人たちが、自分には記憶のない事柄について話されるようになり、だんだんと気味悪くなってきた。
「最近の僕は記憶がない間、普段の僕ではありえない行動をしてしまうのだそうです」
「あー……」
あの副音声は確かに、主音声の本郷とはかけ離れた性格をしている。知らない人間だと気がふれたと思ってもおかしくはない。実際本郷は病院に行っても、「二重人格」と診断されそうだ。
「君は、驚いたり怖がったりしないんですね」
楓の薄い反応に、本郷が目を細めて楓を見る。
「え、いや、えっと……」
副音声と入れ替わっているだけだと思っていた、などとは言えない。本郷も自分の心が読まれているなどと知れたら、さすがに楓を嫌悪するだろう。だが、上手い言い訳が思い浮かばず、楓は口元をもごもごさせるしかできない。
だが幸いにも、本郷はそれ以上このことを追求しなかった。先ほどまでの話を続ける。
「僕の行動をストレスが原因だと考えた父が、身内を頼って僕をこちらに引っ越しさせたのです」
本郷は実際に、こちらに来てから症状は治まってきたらしい。それが入学式直後から、また再発するようになったのだとか。
――まずい、ひょっとして私のせいかも
石神様の気配を纏う楓に、霊石だという石が反応したのだとしたら。楓は完全な被害者とは言えなくなってくる。
「平井先生から聞いたのですが、石守さんが音声がどうとか言っていたと。些細なことでもいいのです、なにかご存知ではありませんか?」
真剣な表情で、本郷が懇願してくる。どうしようかと、楓はちらりと石神様を見た。
『力になってやるしかないの、楓』
楓の罪悪感も、石神様にはお見通しだった。
『恨みや妬み、憎しみ、女を犯したいという欲。そういった心を、今までその霊石が吸い取り排除してきたのであろう。しかし霊石が吸いきれずに排除ができなくなった。それで己の内に残ったものに心が混乱し、異常をきたしているのだ。今の状況も、心が均衡をとろうとしているが故であろう』
本郷の疑問について石神様が答えてくれた。それを、楓は懸命に通訳する。
「えっと、恨んだり憎んだり妬んだりという心とか欲を、排除できなくなったのではないでしょうか」
石神様の言葉を、楓は若干省略する。女を犯すという言葉を楓の口から言うのは、とてつもなくハードルが高い。
「あのですね。今まではそういった心を、その霊石が吸い取っていたようなんです。でも霊石が一杯になっちゃったから、先輩の中でそういったものが溢れているんです。性格が変わるのも、心がバランスをとろうとしているのではないでしょうか」
「これが、そのようなことを」
本郷が、ネックレスを摘み上げて黒い石を見つめる。にわかには信じがたいのはわかる。見た目ただの黒い石なのだ。
「それが本当だとすれば、僕はもうこのままなのでしょうか」
落ち込む様子を見せる本郷に、楓はまた背後の石神様を見る。
『心の均衡を戻そうとするならば、方法は一つ。己の中のもう一つの心を自覚し、受け入れることだ』
「自分の中の恨み妬みなんかを、先輩が受け入れれば、解決するかもしれませんね」
楓の通訳に、本郷は不満そうである。
「そのような悪い心など、持たないに越したことはないのでは?」
「えーと……」
楓は石神様に助けを求める。
『誰でも持っている心だ。持たないように見える者は、それを隠すのが上手いだけ。決してなくなるものではない。昨日も言ったであろう、水清ければ魚棲まずだ。清く正しいだけの心は、歪なのだ』
「上手に隠せばいいことであって、なくしていいものではない、そうですよ。清く正しいだけなんて、心として不自然です。えー、水清ければ魚棲まず、です」
「……」
本郷が真っ直ぐに見つめる視線が痛い。このまま石神様のカウンセリングを、楓の手柄にしてしまうことも後ろめたい。
「以上、神様からのお言葉を通訳させていただきました」
なので楓は正直に暴露した。霊感があるという触れ込みならば、神様の声が聞こえてもいいだろう。いいことにしてほしい。
「……理解できました?」
石神様の話を通訳しているだけなので、説得力に欠けたのかもしれない。楓は不安になって、本郷に尋ねてみた。
「……少々、衝撃的な話だったので。でも、家に帰って家族と相談してみます」
「え、相談しちゃうんですか?」
神社でおかしな話を吹き込まれたとか、思われないだろうか。
「大丈夫です。家族も僕の状態をとても心配してくれています。それが改善されるならば、喜んでくれます」
そう本郷は言うものに、楓とては少々不安だ。
「なんというか、お大事に?」
楓は病院の挨拶のようなことを言ってしまった。




