伯爵になった乞食
川原に住む乞食の男がある時、鳥になった夢を見た。
空を自由に飛びまわり、楡の木の梢で囀った。
目が覚めてから、彼は不思議に思った。
自分は空を飛んだことがない。人間の咽で話をするが、鳥の口ばしで囀ったこともない。
なのにどうして自分は夢の中で鳥になれたのだろう、と。
そして彼はこう考えた。
夢の中の鳥も自分なのだ。だから今、この乞食の自分が空を飛んだことがなくても鳥である私は空の飛び方を知っている。それに、この乞食の自分も夢ではないという保障はない。
とすると、夢の中に出てくる自分は全て実在していて、しかも自分自身なのだ、と。
そして数日たって、今度は自分が金持ちの伯爵になった夢を見た。
夢の中で彼は豪華な部屋で手紙を読んでいた。手紙にはこう書いてあった。
『リベルト伯爵へ、愛を込めて・・・』
目が覚めて、彼はすぐに旅の支度をした。
彼は街じゅう探しまわって、リベルトという男を主人に持つ屋敷を見つけた。
彼がその屋敷の扉をノックすると、使用人の女性が扉を開いた。そして、彼を見るなり、すっとんきょうな声を上げた。
「だんな様!なぜそのようなご格好を・・・?!」
彼は自分はリベルト伯爵だがそうではない、と説明したが、お熱があるのですか?お医者様をすぐに呼びます、と取り合わない。
お風呂に入れさせられて、綺麗な服を着せられて、夢で見たあの豪華な部屋のベッドに寝かしつけられてしまった。
彼は、リベルト伯爵に会って、自分が伯爵自身でもあるので、この屋敷で働かせて貰おうと思ったのだ。
しかし、自分自身が伯爵にされてしまった。
説明をしても、誰にも聞き入れられないので、しかたなくリベルト伯爵になることにした。
すぐに本物のリベルト伯爵が帰ってくるだろうと思ったのだ。
しかし、一日が過ぎ、一週間が過ぎ、十日が過ぎたが、本物の伯爵は帰ってこない。
そうこうしているうちに、手紙が届いた。
差出人はエリザベス、手紙にはこう書かれていた。
『リベルト伯爵へ、愛を込めて・・・』
あの手紙だ!
彼は気付いた。
本物のリベルト伯爵は帰ってこない。正確には、帰ってこれないのだ。今、伯爵は乞食として生きている。
自分が伯爵と入れ替わってしまったのだ。
そして、夢は少し先の他の自分をうつす。
だからこうやってこの手紙を今、夢と全く同じように見ているのだ。
しかし、夢はかならずしも正確ではない。なぜなら、夢の中でリベルト伯爵は手紙を読んですぐさま返事を書いたが、自分はエリザベスという女性を知らないので、返事が書けない。
入れ替わったことで事実が捻じ曲がってしまったのだろうか?
彼は本物のリベルト伯爵に悪い事をした、と思った。
しかし、いまさらどうすることもできない。
そしてまた一週間が過ぎた夜、乞食の自分が川に投身自殺を図ろうとしている夢を見た。
彼は夢から覚めると急いでボロをまとい、こっそりと屋敷から抜け出した。
自分がまた、もとの乞食にもどれば、リベルト伯爵ももとの生活にもどるのではないか、と思ったのだ。
そして今、彼は昔と同じように川原で、昔と同じように乞食の生活をしている。
この出来事を彼は同じ川原に住む友達の乞食に話した。
「どうしてそのまま伯爵でいなかった?本物の伯爵なんてほうっておけばいいものを。馬鹿だな」
と友達は彼を笑ったが、彼は全く気にするふうもなく、
「リベルト伯爵も僕自身だ。彼が死んだら自分も死ぬかもしれない。そうでなくとも彼が可愛そうだ」
素敵な夢を見ただけさ、そう言って、居眠りをはじめた。
しばらくしてこの友達は死んだ。
時を同じくして、東の街に住む貴族の長男が死んだ。
この貴族の息子が友達の乞食だったのかは彼にも分からない。