城を支える二本の柱(物理)、王族どもを見限って崩れてやりました
遥か昔。砂として生まれ、悠久の時を経て硬き石となり、今は城を支える一対の柱となった。
幾億もの朝晩を繰り返し、時の概念すら希薄となった我らにとって、人の一生など瞬きにも満たぬ。
姿を変えることはあっても死ぬことのない石にとっては、人の生き死になど露ほどの興味もない。
ましてや、人の喜びや悲しみといったものに心を動かされることなど本来ならばあり得ぬことであった。
ただここ三百年、人の住まう場所を支えていたせいか、我らはほんの少しではあるが『情』というものを覚えてしまった。
稀にではあるが、我らに身体を預け、体温を伝えてくるものがあるのだ。
――ある時は、怒りに震え白くなった指先の冷たさ。
――ある時は、恋に高鳴る鼓動と共に上がる熱。
――ある時は、戦に敗れ傷口から流れ出す熱き血が、徐々に温度を失っていくさま。
そういった者たちには、つい心を寄せてしまうことがある。
前回、我らが心を寄せたのはいつのことであったか、誰であったか。記憶の底に重く沈み思い出せもしない。
しかし、『情』を持ったその時からただの石ではなく、人に情を寄せ『安寧』を願う存在となったのだ。
そして今、我らは――
幼き日の恋を諦め、国のためと身を尽くし、その果てに知った王太子の不誠実。
その裏切りに、冷たいとも熱いともいえぬ涙を流す娘に、情を寄せていた。
我らが情を向ける娘を裏切り、悪意をぶつけるものなど、許せるはずもない。
城の主塔を支える我ら一対の柱は、今日も王太子の、そして王族たちのやらかしを冷ややかに見下ろしていた。
「おい、右の」
「なんだ、左の」
「今日もあの娘、お前の陰で泣いておったであろう」
「ああ、第一王子の浮気現場を見てしまったと、婚約者の娘が静かに泣いておったわ」
「その第一王子の浮気相手とやらは、もしかして男爵令嬢と呼ばれる様子のおかしな娘か」
「そうだ。あの第一王子め、すっかり骨抜きにされおって、情けない」
「婚約者とはこれから生涯にわたって、互いに信頼し合い、国を支える柱とならねばならんというのに」
王族の堕落、貴族たちの執着、文官たちの努力、王子の婚約者となった娘の献身と悲しみ。
王の権威の象徴ともいえる城。
その城を三百年以上も支え歴史を見てきた柱は、この冷たい石の肌で全てを感じとっていた。
「右の。この国の王族や、多くの貴族たちはもうダメだな」
「そうだな、立て直しが必要だな。左の」
「そういえば帝国の皇太子が、あの婚約者となった娘に心を寄せておったな」
「この国の横暴には色々と思うところがあっただろうし、あの娘への扱いにも腹を立てておろう」
「ならばそろそろ攻め込んでくるのではないかな」
「そうだな。国ごとあの娘を奪いに来るのであろう」
誰も居ない大広間に、石がカタカタと揺れるような笑い声が響いた。
「ではそのタイミングに崩れてやろうぞ」
「ああ、その時に倒れてやろうぞ」
時が、来た。
秋の収穫が終わり、刈り取られたばかりの畑が日に照らされ金色に輝く丘の向こう側。
軍服を身に纏った帝国の皇太子が、国境に配置した騎馬隊と兵士たちに「いざ開戦!」と進撃の号令を下したその時――。
突如、王国の城は、防衛拠点となる主塔の大広間にいた王族や悪業を重ねていた貴族たちを巻き込みながら、轟音をたてて崩れた。
崩れた城の瓦礫の中から、カタカタと笑い声のような音がした。
「上手くいったな、右の」
「そうだな、左の。関係のないものを巻き込まぬよう、倒れる向きも時間も完璧であった」
「進軍の知らせを聞いた、多くの文官や使用人たちが確認のため外に出ていたのもよかった。なぁ、右の」
「あの娘は濡れ衣を着せられ、離れの牢に入れられておったが、あそこに閉じ込めるよう命令した王太子にとっては、皮肉なものじゃな、左の」
「戦争をしに来た帝国軍も、攻め込む前に突然城が崩れ去ったのだ、大層驚いておったな」
「それにしても、戦争をしに来たはずの帝国軍の奴らの救援活動は見事であった」
「ああ、やはりあの皇太子は有能であるな」
「毎晩のように我に縋り泣いておったあの王太子の婚約者の娘も、幼き日の恋が実り幸せそうだ」
「あの娘、もう王太子の婚約者ではないぞ」
「そうであった、帝国の皇太子の妃になるのであったな」
カタカタと、満足そうな音はいつまでも続いた。
我らが支えていた城は瓦礫だけを残し、国から人は離れ、荒廃した。
――そして、また長い年月が経ち、新しい国が興り、城が建った。
「ところで、今度は何年続くかのぅ?」
「良き王が、賢く国を治めてくれればよいなぁ」
「ああ、この地に住まうものの守護となった我らが、永く裁きを下さずともよい国を築いてくれればよいなぁ」
今は新しく建て直された城の基礎となった元柱たちは静かにそう願うのであった。




