国会議員のリアルな知能って、どれくらい?
国会中継を見ていると、いつも思うこと。―― 「この人たちの現在の認知能力って、いったいどのくらいなんだ?」
経歴を見ると、それなりの大学は出ている。
だが、それも大きく「過去」の話。
卒業後、どれくらいそれが発展しているのかは未知数。
磨かれている者もいれば、劣化している者もいる。
そこで思いつくのが「出馬資格を得るための試験」の導入である。
衆愚政治は、すでに危険水域にまで来ている。
だとすれば、せめて選択肢である「候補者の選別」は、先にある程度は行っておくべきではないのか=「足切り候補者」を除外するというのが、筆者の発想。
作問も試験官も、AI任せでいい。
人間が絡むと、必ず不正が生まれる。
生体認証で着席させたら、後は一部始終を録画。
これくらいすれば、少しは安心か。
受けさせる試験は、社会常識と人間性のテスト。
一般の常識とかけ離れた候補者たちを弾くという意味でも有効。ここに認知テストでも加えれば、権力だけの害悪老人や、阿呆なタレント議員なども事前排除が可能となる(掃除は大事)。
試験は、難しいほどいい。
国会に、阿呆は不要である。
毎回スコアを公表すれば、連続当選している議員たちの知能と知性の推移も可視化されるし、健全。
資質のスコア化は、有権者たちの目安にもなる。
知能は高いが、道徳心が低いのがサイコパス。
だが、偽るにしても「隠すための能力」が必要。
「偽る姿勢まで放棄した」クレイジーな議員が増えてきているのが、昨今。だったら「せめてテストくらいはしようぜ」というのが筆者の意見だ。―― もちろん、これは極めて実現性の低い話。ただの戯言である。
愚劣な政治でも「惰性で是=他に選択肢がないので」とするのが、現在の国民。何を言おうが始まるまい。
◇
・知能テスト
・道徳心テスト
・認知能力テスト
・リテラシーテスト
これらを導入すれば、今の議員の半数近くは「出馬不可」に出来るとも予想。
出馬資格に関しては、公平である必要はない。
資質を問うのだから、公正さことが大事である。
わざわざ能力のない者まで、出馬させてやる必要はない。
筆者が問うているのは、あくまでも「最低限度の資質」なのだから、そこまで難しく考える必要もない。
◇
出馬資格とまでは言わなくとも、「試験結果」を選挙ポスターに併記すれば、有権者も投票に迷わずに済むんじゃないかな。
候補者A(世襲のベテラン): 「地域の発展のために!」
(知能:38 / 認知能力:42 / リテラシー:35)
候補者B(新人のエリート): 「しがらみのない政治を!」
(知能:88 / 認知能力:92 / リテラシー:90)
―― これなら、さすがにAに投票するバカも減るでしょ。
民主主義の構造的欠陥を補い、延命を図るのであれば、これくらいの改革は必要じゃね?
◇
テスト問題は、後から一般公開。
立候補者たちの「解答」も、もちろん公開。
答えの正誤は、国民全員で喧々諤々(けんけんがくがく)すればいい。
「ヤバイ解答集」なんかも公開すれば、選挙がもっとヒットコンテンツになるんじゃないの。
―― 「国民の代表」として、立候補する連中が「公開を拒む」なんてことはないのだから。
医者になるのには、国家資格が必要なのに、
より高度な国家の運営を担う者たちに「資格試験がない」ってこと自体が、そもそもの問題。
「国民の劣化の反映」と言ってしまえば、それまだが、延命させるなら「修正パッチ」のリリースは不可避。すでにシステムエラーを起こしまくっているんだから。




