「魔物を煮込むな!」追放された料理人
前作の『追放された野生の天才料理人、騎士団の胃袋を掴む ~「魔物を煮込むな!」と追い出されたのに、堅物公爵の理性を粉砕しています~』続編を書こうと思ったのですが、難しいので気晴らしに書いてみました。ちなみに本編の該当話はこちらです。
第17話:氷の魔術師と調律の味https://ncode.syosetu.com/n6607lr/17
あまり評判よくなければ出直してまいります。<m(__)m>
王都の誇り、宮廷料理局。
そこは、磨き上げられた大理石と銀の食器が並び、厳格な階級制度が支配する美食の監獄だ。
最高権力者である料理長バルトロは、奥の豪華な執務室でふんぞり返り、滅多に現場には顔を出さない。実務を仕切るのは、彼の忠実な犬である副料理長、ハンスだ。
「……地図にも載らん南の小村、だと? 随分と薄汚れた場所から迷い込んできたものだ」
ハンスは、手にした名簿を忌々しそうに叩き、目の前に立つ少女を睨みつけた。
リゼット、17歳。
王宮の威圧感に気圧される様子もなく、彼女は澄んだ黄金色の瞳でハンスを見つめ返した。
「はい! 村の古い修道院のキッチンで育てられました。修道院長様からは、『料理は魔法じゃない。でも、食べる人が明日も生きたいと思えるように、一口ごとに祈りを込めなさい』と教わってきました!」
「ふん、祈りだと? 寝言は寝て言え。ここは王宮だ。作るのは『祈り』ではなく、バルトロ閣下の名声を高めるための『作品』だ。……いいか、まずはその辺を掃除しておけ。余計なことは考えるな」
ハンスは鼻で笑い、リゼットに山のようなジャガイモと、錆一つないナイフを押し付けた。
まずは王宮の「完璧な作業」という洗礼を受けさせ、その田舎じみた志を叩き折ってやるつもりだった。
だが。
「……は?」
一時間後、ハンスが調理場の隅を確認しに来たとき、そこには王宮の常識を置き去りにした光景が広がっていた。
リゼットの手元で、ナイフが銀色の閃光となって踊っていた。
シュシュシュ、と小気味よい音が響くたび、ジャガイモの皮が糸のように薄く、かつ一本も途切れることなく空を舞う。
剥かれたジャガイモはすべて、角の一つもない完璧な球体へと整えられていた。
「ハンスさん、終わりました! 次はどの食材を『お救い』すればいいですか?」
「……おま、お前……。なぜそんな速さで……。それに、なぜこんなに角を落とした!? グラム数が減っているだろうが!」
「えっ? だって、角があるまま煮込んだら、ジャガイモが痛そうだったから……。それに、この丸い形の方が、食べる人の心に優しく届くって祈りを込めたんです!」
ハンスは戦慄した。この手際は、十年の修練を積んだ一級調理師をも凌駕している。
だが、それ以上にハンスの顔を青ざめさせたのは、リゼットの足元に転がっていた「それ」だった。
「リゼット……。その、ジャガイモの横にある、黒ずんだ大きな『肉の塊』は何だ。……まさか、王宮のゴミ捨て場から拾ってきたのか?」
「はい! 勝手口の近くに倒れていた『一角大トカゲ(魔物)』です! 修道院では、倒れているものは人間も魔物も、みんな栄養にして『祈り』を捧げていたので! これをジャガイモと一緒に煮込めば、徹夜続きの騎士様たちも、明日また元気に剣を振るえるようになります!」
「…………」
ハンスの顔から、血の気が一気に引いていく。
バルトロ閣下が愛する清らかな厨房に、不浄な魔物の死骸。
そして「ジャガイモの痛覚」を優先する異常な感性。
「魔物を……。魔物を宮廷の鍋に入れるなぁぁ!! バルトロ閣下に知られたら私の首が飛ぶわ!!」
ハンスの悲鳴が、大理石の壁に虚しく反響する。
後に「王都の災厄」と呼ばれることになるリゼットと、権威の犬であるハンス、そして奥でふんぞり返るバルトロの、史上最悪の「追放」へのカウントダウンが幕を開けた瞬間だった。
廃棄場の『奇跡』。解析不能の魔導スープ。
「捨てろと言っただろう! この、野蛮な……泥臭い泥土の塊を!」
副料理長ハンスの怒声が調理場に響き渡った。
リゼットが勝手口で仕留めた『一角大トカゲ』の尾を煮込んだ鍋。
それは、バルトロ閣下が重んじる「宮廷の品格」を汚す不浄物として、即座に廃棄を命じられた。
「ええっ、捨てちゃうんですか? これ、すごくいいお出汁が出てるんですよ? 命を余さず頂くのが、最高なのに……」
「知るか! 不浄なトカゲを煮込むなど、宮廷料理のツラ汚しだ! 閣下に知られる前に、今すぐ裏の廃棄場へぶちまけてこい! 鍋も、二度と使えんよう洗い潰せ!」
ハンスは顔を真っ赤にして命じた。
リゼットは「もったいないなあ……」と肩を落とし、ずっしりと重い銀鍋を抱え、調理場の裏口から廃棄場へと向かった。
その途中のことだ。
「……そこの、君。待ってくれ」
声をかけてきたのは、王宮魔術師団の末端に所属する、一人の年老いた魔術師だった。
彼は過酷な魔力抽出作業の末に、魔力回路がボロボロに毛羽立ち、歩くのもままならないほど衰弱していた。
「捨ててしまうなら……その汁を、私に一口……恵んではくれないか。……もう、魔法薬すら受け付けんのだ……」
「わっ、魔術師さん!? 顔色が真っ白よ! ……いいですよ、捨てるくらいなら全部飲んじゃってください。明日も生きられるように、たっぷり『祈り』を込めてありますから!」
リゼットは手近な器に、なみなみとスープを注いで手渡した。
老魔術師は、黄金色に澄んだスープを震える手ですすった。
――瞬間。
「……な、なんだ、これは……っ!?」
老人の濁った瞳が見開かれ、乱れきっていた魔力波形が一瞬で凪ぎ、静まり返る。
その劇的な変化を、遠くから鋭い視線で見つめる影があった。
王宮魔術師団の筆頭、カシアンである。
彼は老魔術師の異常な魔力回復を察知し、音もなく背後に降り立った。
「……おい。その器を貸せ」
「ひっ、カシアン殿!? これは、その、廃棄場で……」
カシアンは老魔術師の手から、底にわずか一匙分だけ残っていた琥珀色の液体を奪い取った。
不信感を隠さず、一口、それを口に含んだ。
瞬間。
カシアンの脳内を、静かな、しかし圧倒的な衝撃が駆け抜けた。
「………………ッ!?」
彼の体内では、長年の酷使でボロボロに毛羽立っていた魔力回路が、
まるで熟練の職人に撫でつけられるかのように、みるみる滑らかに整っていく。
ただの「回復」ではない。乱れた波長が完璧に「調律」されていく感覚。
(これだ……。これこそが、魔導の極致……! 誰だ、これを作ったのは!?)
カシアンが周囲を見渡したが、そこには空になった銀鍋が一つ、地面に転がっているだけだった。
「リゼット、どこに行った! 遅いわ!」
遠くからハンスの怒鳴り声が聞こえた。
リゼットは、魔術師二人の気迫に圧倒され、「あ、鍋忘れた! でも戻るの怖い!」と、空の鍋を置き去りにしたまま、慌てて調理場の勝手口へと逃げ帰ってしまったのだ。
調理場に戻ったリゼットを待っていたのは、ハンスの烈火のごとき怒りだった。
「お前! 鍋はどうした! バルトロ閣下お気に入りの銀鍋を、まさか廃棄場に置いてきたのか!?」
「あ、あの、魔術師さんが美味しそうに飲んでたから、つい……」
「言い訳をするな! 道具を粗末にする料理人など、調理場に立つ資格はない! お前は明日から地下の備蓄倉庫番だ! 二度と鍋を触るな!」
ハンスは好都合とばかりに、リゼットを「無能な見習い」として地下へと追いやった。
一方、廃棄場で立ち尽くしていたカシアンは、銀鍋を鑑定し、調理場へと乗り込んだ。
だが、そこにいたのはふんぞり返るバルトロと、怯えるハンスだけ。
「魔物のスープ? ははは、カシアン殿。我が聖なる厨房にそんなものがあるはずがないでしょう。
その鍋は、不浄なトカゲを煮込んだ『失敗作』として、無能な見習いが勝手に捨てたゴミですよ」
バルトロは鼻で笑い、リゼットの存在を「いなかったこと」にした。
カシアンはその後、執念深くあの『調律のスープ』を探したが、その主が「無能」として追放されるまで、二度とその味に辿り着くことはなかった。
あの黄金色の輝きが、かつて自分を一瞬で救った『奇跡のスープ』であったと――。
カシアンが、後に王都で再会した野生児リゼットの手元に、それを見出すのはもう少し先の話である。
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