第六話 亡命の真意
王城に到着するやいなや、ソフィアたちは謁見の間へと通された。
謁見を許されたのはソフィアと御付きのクロード、メディの3人のみで、残りは別室で監視されることとなった。
目の前には筋肉質の小麦色の肌を、贅を尽くした宝飾で彩った男性が、護衛に囲まれ鎮座していた。
頬杖をつき、自身が優位の立場であることを隠そうともしない態度に、クロードは内心歯噛みしていた。
ソフィアは膝を曲げ深く一礼すると、そのまま顔を上げずに口上を述べた
「トニトル王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。この度の我々に対する寛大なお心遣い、痛み入ります。」
トニトル王は一瞬眉をぴくりと動かして口を開く。
「無駄な能書きは好かん。フィエル王からの書簡はすでに受け取っておるのだ。お主も内容くらいは聞き及んでおるのだろう。」
「はい、陛下。我が父フィエル王は今後貴国へ流れつく難民の保護を求めております。」
頬杖をついたまま、トニトル王はにやりと笑った。
「良いだろう。条件を満たすものについては我が国で受け入れてやろう。」
トニトル王は人差指を立てた。
「一つ、犯罪者、前科があるものは受け入れない。」
そして、続けざまに中指と親指を立てながら言う。
「二つ、受け入れは鉱業従事者または精錬技師とその家族のみとする。
三つ、受け入れ後は技術を供与し我が国のために働いてもらう。」
クロードは最敬礼の姿勢を崩さずに、怒りに身を震わせていた。トニトル王は混乱に乗じて、フィエル王国の鉱業の技術と人材をかすめ取るつもりなのだ。
短絡的に怒りを覚えているクロードとは対照的に、メディは冷静だった。この提案は妙手だと感心していた。
ただ技術者のみの受け入れとすれば、フィエルの技術者たちは反発するだろう。しかし、家族の受け入れをしてくれるのであれば話は変わってくる。
家族を戦火から逃がせるというのであれば、この案を受け入れるものは少なくないはずだ。
対照的な感情を持つ二人であったが、共に言葉は発さず、ソフィアの出方を伺っていた。
ソフィアは顔を上げ、トニトル王の目を見ながら言う。
「貴国の現状を鑑みれば、それも致し方ありません。少ない数でも、難民をお受入れ頂けるのでしたらうれしく思います。」
トニトル王は眉をぴくりと動かした。
「待て、我が国の現状とは、いかなる意味で申した。」
ソフィアは沈痛な面持ちで語る
「道中、トニトル王国の様子を見ておりました。豊饒な土地を生かした果樹園に穀倉地帯、多種多様な魚、そのどれも目を見張るものでした。
しかし、活気のある街の誰しもが、ふと、不安そうな顔をするのです。」
胸元で手を握り、やや大仰に話し続ける。
「はじめは、もう戦争が国民にも伝わっているのかと思いましたが、
そうではない様子。
これは、トニトル王国には何か直面する危機があるのだと愚考した次第にございます。」
トニトル王は、頬杖をついたまま、指でひじ掛けを叩いた。
「無才の王女だと聞いていたが、まるで道化だな。御託はいらん、率直に申してみよ。」
ソフィアはわずかにほほ笑むと、窓の傍に佇む近衛兵の一人を見た。
「窓を開けていただいてもよろしいかしら。」
近衛兵はトニトル国王に向き直り指示を乞うた。トニトル国王は一言「よい」とだけ言うと衛兵は窓に手をかけた。
窓を開け放つと、山から昇った朝日が海に反射し、冷たい風が吹き込んできた。風はソフィアの長い髪を揺らした。
「私はただ、冬のトニトル王国は、こんなにも晴れていたのかと、思ったまで です。」
トニトル王の目に映るソフィアの姿は薄幸の王女でも無才の王女でもなかった。
トニトル王は体を起こし、ソフィアに向き直る。
それは、王ではなく為政者としてのトニトル王の姿であった。
「難民は受け入れよう。だが、先ほどの条件は覆らぬ。」
「ええ、理解しております。家族を受け入れていただくという、トニトル王のお慈悲に最大限の感謝を。」
「そして、その条件は貴公らにも当てはまる。まさか、王女が鉄を掘るほどフィエル王国は困窮しておらんだろうな。」
ソフィアはクスクスと笑った。
「ええ、生憎その経験はございません。ですので、私がこの国にとどまることはできないのでしょう。」
わずかに肩を落とし、ソフィアは続ける。
「ですが、一つ、お認め頂きたいことがございます。」
トニトル王の顔が険しくなる。
「言うてみよ。」
ソフィアは足を曲げ、深く頭を下げると、言った。
「できますれば、私と、私の臣民が
―――貴国を通過することをお許しください。」
トニトル王は眉をひそめた。
「我が国から帝国へ向かうと?いったい何を考えておるのだ。」
ソフィアは首を振る。
「いいえ、私が向かうのは―――」
ソフィアは開け放たれた窓の外をゆっくりと、そしてまっすぐと指差した。
彼女はただ、静かに微笑んでいた。
穏やかなソフィアの表情とは裏腹に、メディの心臓は早鐘を打っていた。
そうか、王女に騙されていたのは「私たち」だったのだ。
あの王女は、はなから「トニトル王国への亡命」など考えていなかった。
心音に呼応するように窓から流れ込む波風と潮騒が、メディの耳にはやけに大きく聞こえた。
「わたくしたちが目指すのは、この海の先です。
ですから、わたくしとその臣民が貴国を通過することを望みます。」
トニトル王はしばし呆気にとられていたが、口元を緩めたかと思うと豪快に笑いだした。
「そうか…そうか!貴女は海の向こう、新大陸への亡命を……亡命政府を望むと言うのだな!!」
トニトル王はぎらぎらした瞳でソフィアを見つめた。




