第五話 雷の国
「冬なのに、こんなにたくさんの果物や野菜が店に並ぶのですね。」
ルカは馬車の窓から乗り出す勢いで、トニトル王国の首都であるフルメで開かれた市場をのぞき込んでいた。
アーノンはその様子をほほえましげに見る。
「そういや、ルカはトニトル王国は初めてだったか。この国は南北に長く伸びていて、東側のほとんどが海に面しているんだ。」
宙に、雷に似ている国の形を描きながら、アーノンは続ける。
「夏は帝国の砂漠から熱い風が流れてきてからっと晴れた天気になる。冬は海からの風が雨を連れてくる。海でとれる魚もうまい。」
アーノンの言葉と同時に、市場で焼かれた魚の香ばしい香りが馬車の中に忍び込んだ。
「食欲をそそる、よい香りですなぁ。海洋国家というのも、あながち悪くないのかもしれませんな。」
クロードが馬車の窓から市を覗き込み、自分に言い聞かせるように独り言つ。
同じように、メイドのフレンダが窓から市をじっと見ていた。次々と通り過ぎる、市に置かれた魚と果実を、射るような目つきで見ていた。
「どうかしら、あなたの眼鏡に適う食材はあるかしら?」
ソフィアが、穏やかに尋ねると、フレンダは慌てたように背筋を伸ばして座りなおした。
ソフィアはくすくすと笑ってから続ける。
「いいのよ、フレンダ。あなたの目利きは心の底から信頼しているの。この国の食材は、やはり良いものかしら?」
フレンダは表情を曇らせた。
「そう……ですね。よいものだと思います。」
歯切れの悪い返事をメディが窘める。
「フレンダ、気になることがあるのならはっきり言いなさい。」
「は、はい。その、この時期…冬の旬といえば、魚なら黄尾魚や平魚。貝類なら骨殻貝などです。
ですが、市場に並んでいるものを見ると、全体的に身が細く感じます。特に黄尾魚の脂乗りがイマイチといいますか……」
フレンダが合わせた指先をくるくると回しながら自信なさげに言う。
「良いものは、もう売れてしまったのではないですか?」
ルカが小さく手を挙げ所見を述べる。フレンダはうつむき加減で申し訳なさそうに言う。
「おそらく…それはないと思います。まだ日が昇ってそんなに経っていませんし、切り身は血合いが鮮やかです。エラも鮮やかな赤色を保っていますので、水揚げされたばかりの魚だと思います。」
クロードが感心したように髭をなで口を開く。
「なるほど。売れ残りとは考えにくいと。流石は宮廷料理人に勝るとも言われたキッチンメイドですな。」
フレンダはもじもじとし、指を回す速度を上げた。
退屈そうにしていたアーノンは、わざとらしくため息をつくと話し始める。
「しかしよぉ、こんだけ魚を獲れているんだったら、多少脂がのっていなくても問題ないんじゃねぇのか?腹に入れば一緒……」
言いかけた刹那、アーノンの口の中にはか細い指が突っ込まれ、舌が引っ張り出されていた。
眼前にいるのが、目を剥いたフレンダだと気が付くまでに少しの時間がかかった。
「ならばその舌、必要ありませんよね。切り落として海に投げ込めば、少しは魚も肥えるでしょう。」
冷淡に語る彼女の手には、どこから取り出したのか果物ナイフが握られていた。
「だめよ、フレンダ。あなたの気持ちはよくわかるけど、アーノンも大切な仲間よ。」
ソフィアに窘められ、我に返ったフレンダは、心底恥ずかしそうな様子で、果物ナイフを鞘に納めた。
「申し訳ありません……アーノン様……。私ったら、つい……」
「いや、おれの方こそすまねぇ。お前の逆鱗のことをすっかり忘れていた。」
アーノンは何でもない風で笑っていたが、背中を汗が伝っていくのをひしひしと感じていた。
なぜ、専属でもないメイドが、姫の逃亡に随伴することになったのかを改めて思い出した。
ソフィアは二人の様子が落ち着いたのを見ると満足そうに笑う。
「それにね、フレンダ。美食の大切さがわからない人には、あなたの料理でそれを教え込めるじゃない?」
そう、屈託のない笑顔で言う彼女の顔を、馬車の窓から差し込んだ光が照らした。
傍には、こめかみを抑えるクロードとメディの姿があった。
王城は、もう目の前である。




