第四話 さりとて嘘は
「見事なお点前です……とお褒めすべきでしょうか」
湯あみを済ませ、客舎の一室で、まだわずかに濡れた髪を丁寧に拭きながらメディはソフィアに語り掛ける。
「言ったではないですか。誠心誠意お願い申し上げれば、きっとご理解くださると。」
あっけらかんと言うソフィアに、メディは眉をひそめた。
確かに、傍から見ればソフィアの行動は絶妙だったと言わざるを得ない。
自身が高貴な者であることを、言葉ではなく所作で示した。洗練された貴族の作法は、万の言葉を重ねるより説得力があったことだろう。
次いで、戦争が始まったことを衛兵に伝える。ここで、我々の衣服が汚れ切っていることが効いてくる。
美しい身なりで開戦の情報を伝えても、それが真実だと確信は持てなかったはずだ。
しかし、わずかばかりの従者のみを連れ、汚れた姿で立っている我々を見れば、激しい戦火の中を命からがら逃げ延びた貴族の娘に見える。
たとえそれが、野営による汚れだったとしても。
そして、軍事情報を渡すというトニトル王国への利を伝えた。
激しい戦闘がすでに始まっていると思い込んでいる衛兵は、即座にこの情報の有益性が理解できたことだろう。
とどめは彼女自身が身を伏したことだ。
突如目の前に現れた、国難に巻き込まれた哀れな貴族の少女。地に伏す前であっても憐憫を覚えたことは想像に難くない。
目の前で地面を這いつくばる少女を見たとき、良心のある人間、特に「軍人」という正義感の強い人間の心に、どのような感情が巻き起こるかは言うべくもない。
全てが打算なのか、本能と感覚で行っているのか、いずれにしてもこのソフィアという、17にも満たない少女が、人心掌握に長けている……
いや、長けすぎていることにうすら寒い感覚を覚えるのだった。
「しかし、わかりません。どうして身分を偽ったのですか。」
ソフィアはいたずらがうまく行ったかのような無邪気な笑顔を返す。
「あら、何も偽ってはいないわ。私は間違いなく王侯貴族よ。それに、家名を名乗れとも、愛称を名乗ってはいけないとも言われていないわ。」
無邪気な笑顔のままソフィアは続ける。
「それに、あんなボロボロの身なりで王族と名乗れば、信じてもらえなかったかもしれないでしょう?」
間違いなく詭弁だ。と、メディは思う。
この人の倒錯的ともいえる嗜好に付き合わされたのだ。
巻き込まれた衛兵たちには、居たたまれなさを禁じ得なかった。
だからこそ、メディはこの茶番の初めから気が付いていたことを口に出さざるを得なかった。
「お言葉ですが、ソフィア様。」
ひと呼吸置き、ソフィアをじっと見つめて問いかける。
「お持ちの書簡を、せめて、王家の紋が刻まれた封蝋をお見せすれば充分だったのではないですか。」
書簡の内容は見せられずとも、王家の紋はたとえ封蝋であったとしても、王族しか使うことは許されない。
それを見せれば、衛兵も無下に扱うことはできなかったはずなのだ。
ソフィアはメディをみつめていた。そこには無邪気な少女の笑顔はなかった。
メディは、ソフィアの口から紡がれる次の言葉を固唾を飲んで待った。
「そんなこと……」
ソフィアは口の端を吊り上げた。
無垢な微笑みにも見えた。悪魔の嘲笑にも見えた。
「そんなこと、思い付きもしなかったわ。」
欺瞞の嘘は味方に吐かれた。




