第三話 欺瞞に嘘は要らず
近づいてくる3人の女に衛兵の二人は警戒感を強めた。
張り詰めた空気の中で、ソフィアは柔らかく微笑み、片足を少し後ろに引き、膝を浅く曲げる。
その洗練されたカーテシーを見た衛兵は、警戒感こそ薄れさせたようだが、逆に緊張感をより一層高めていた。
本来、カーテシーは自分より身分の低いものに行われることはない。それを、明らかに高貴に洗練された動きで一介の衛兵に行われたのだ。
王国で何か由々しき事態が起こっていることを想像させるには十分だった。
「はじめまして。トニトル王国の気高き衛兵の皆様。わたくしはソフィーと申します。」
後ろに控えていたメディとフレンダは表情こそ変えていないが、内心はぎょっとしていた。
ソフィーとは、国王や兄君、姉君が親しみを込めて呼んでいた愛称だ。公的な場でその名を口にすることは、今まで一度も無かったのだ。
貴族であることは予測がつくが、家名も名乗らないことに、衛兵は眉をひそめる。
「フィエル王国の貴族とお見受けします。越境には安全通行証と関税が必要ですが……」
ソフィアは心底申し訳なさそうに目を伏せた。
「申し訳ありません。関税を支払うことはできるのですが、安全通行証は持ち合わせがございません。」
衛兵たちの表情がさらに厳しくなる。
「であれば、ここを通すわけには参りません。フィエル王国内で正規の手続きを行って……」
「戦争がはじまりました。」
ソフィアは言葉を割り込ませた。
「シュテルク帝国が我が祖国を蹂躙せんと、牙をむいたのです。」
衛兵は明らかに驚き顔を見合わせる。おそらく、シュテルク帝国との開戦という情報は末端の衛兵まで届いてはいないのだろう。
ソフィアは縋るような目で訴えかける。
「わたしはとある王侯貴族に名を連ねる者の三女です。心優しいお父様は、せめて私だけでもと、領地より逃がしてくださいました。」
「我々は貴国への亡命を希望いたします。わたくしどもが供出できますのは、僅かばかりの私個人の資産と――」
今度は、まっすぐな力のこもった目で衛兵を見つめる。
「父から受け取った、シュテルク帝国とフィエル王国の『軍事情報』にございます。」
衛兵たちは明らかにうろたえた。衛兵とはいえ戦争において情報がいかに重要かは知っている。しかし、自分たちの独断で身元が証明されないものに国境を跨がせるわけにもいかない。
「伏してお願い申し上げます、どうか、どうか亡命の受け入れを……!」
ソフィアは雪で濡れ、土で汚れることも厭わず地に伏した。顔を地面に押し付け、慈悲を乞うた。
そこに、出会い頭の高貴さはかけらもなかった。衛兵はこの不幸な娘をただただ哀れに思った。
「おい!今すぐ衛兵隊長に事の顛末を知らせろ!」
年季を感じさせる衛兵がもう一人の若い衛兵に命令する。若い衛兵は命令されるが早いか、国境内の要塞に駆け込んでいった。
一人残った衛兵が膝をつき、ソフィアにやさしく語りかけた。
「どうか、頭をお上げください。今、衛兵隊長に掛け合っております。ここでは寒いでしょう。関所は広くはありませんが客舎もございます。どうかそこで温まり、心をお静めください。」
(ああ……ああ……)
(素晴らしい……素晴らしいわ!!!)
(わたくしなんか、ひとひねりで命を奪えてしまう屈強な男性が!!二人も!!!)
(慌てふためき、本来は越えることのできない国境を跨がせようとしている!!)
(乗り越えた……!乗り越えたのね!!)
(体中から快感が……多幸感が……溢れ出してくる!!)
(ああ……震えが止まらないわ……!)
顔は上気し、息は荒くなる。それは、快楽に他ならない。
若い衛兵が息を切らせながら、衛兵隊長と思わしき男と共に戻ってくる。
隊長は悲痛な面持ちでソフィアの前に膝をつく。
「ああ、なんという事。寒かったのでしょう、怖かったのでしょう、こんなに震えられて……客舎にお通しします。お付きの方々もお手をお貸しください。」
地に顔をつける少女の表情が快楽に歪んでいるなど、誰の目にも見えるわけがなかった。




