第二話 亡命と難民
亡命者と難民は本質的には同じものである。
国難から逃れるため、または民族紛争や迫害から逃れるために他国に保護を求める者たちの事である。
異なるのは、保護を求めるタイミングだ。
入国後または越境直前に保護を求める場合には亡命者となり、事前に保護が求められていた場合には難民となる。
つまり、国王からの書簡を懐に抱き、今まさに国境に立つソフィアとその5人の従者は
嘘偽りなく亡命者ということになる。
「止まれ、何者か」
剣を腰に携え、鎧を身にまとった2人の兵士が静止を促す。
王都を離れ、国境まで丸5日。帝国に居場所を気取られぬよう、町もない田舎道を進んだ。
雪に降られ、風に吹かれ、野営を余儀なくされた結果。身なりはひどい有様で、とても王侯貴族には見えなかった。
長年ソフィアの執事をしているクロードは、素早く馬車を降りてソフィアの元へ向かった。
「ソフィア様、陛下よりの書簡を私めにご下賜いただけますでしょうか。」
この場において、王族であるソフィアを矢面に立たせるわけにはいかない。従者として当然の判断である。
身なりから「王家を騙る不届き者」 であると判断されれば、そのまま切り捨てられる可能性もある。
この5日で開戦の情報が伝わっていれば、帝国との軋轢をおそれたトニトル王国に秘密裏に処理される可能性すらあるのだ。
万が一にも、越境までソフィアを危険に晒すことはできない。
「ありがとう、クロード。」
ソフィアは書簡を強く握り締め、静かに微笑む。
「ですが、ここはわたくしに任せて。お父様から賜ったこの書簡を、無事トニトル国王に届けることが、わたくしの王族としての最後の務めです。
不出来な王族の娘が最後にできることは、無事あなたたちを新天地へ導くことですもの。」
クロードの瞳をじっと見つめ、穏やかに語りかけた。
彼は目いっぱいに涙を溜めたが、決して落涙することはなかった。
「メディ、フレンダ、二人は私についてきて。女性だけで行ったほうが、警戒も薄くなるでしょう。」
メディと呼ばれたメイドは嫋やかにスカートの裾を広げ、膝深くを折った。
フレンダと呼ばれたメイドも、あわててそれに従う。
「アーノンとルカは少し離れていて。もし、私に何かあったら、メディとフレンダを全力で保護して、王都に戻りなさい。」
この命令を聞き、少年のような顔立ちの護衛、ルカと呼ばれた男は目を丸くし、ひどくうろたえた様子を見せた。
一方、アーノンは馬車に背中を預け、ふてくされたように口を開く。
「そいつは心外だな。俺様があの程度の衛兵に後れをとるとでも?」
ソフィアはうれしそうに、無邪気にも見える笑顔で語りかける。
「いいえ、きっと貴方は勝利するでしょう。私の騎士ですもの。もちろん、ルカもね。」
それを聞いたアーノンは舌打ちし、顔をそむけた。ルカはハッとしたように我に返ると背筋を伸ばす。
ソフィーはふっと笑顔を消し、二人に語り掛けた。
「だけど、もしあの衛兵を私たちが斬ってしまえば、亡命は失敗よ。
そうすれば、トニトル王国に難民の受け入れを拒否する『正当な口実』を与えることになるわ。
最悪の場合、わが国とトニトル王国との開戦にもつながってしまう」
ソフィアはふぅっとわざとらしく一息つくと、再び無邪気な笑顔を見せた。
「大丈夫!きっと誠実にお話すれば、衛兵の方たちも理解してくれるはずです!さぁ、メディ、フレンダ、行きましょう。」
そう言うと、三人の男に背を向ける。彼らはそれぞれの心の中で、王女の小さな背中に敬意を表していた。
(ここに至るまでの道中、盗賊や魔物に襲われるのではないか、食料が尽き、水が腐るのではないかと……
……とっても『期待していた』のに。お姉さまのくださった魔道具のおかげで、特に苦労もなかったのですもの。)
ソフィアの口角がつり上がる。
(あの融通が利かなそうな衛兵さんを説き伏せるのは、とっても骨が折れそう……
ああ……楽しみだわ!!)
この女は、目の前に吊るされた困難を指をくわえて見ていられるほど、理性的ではなかった。




