第十二話 出航
ついに出航の日となった。
まだ日が昇り切っていない早朝だからか、大きな帆船は暗く威圧的にソフィアたちを出迎えた。
軋むタラップを踏みながら、一行は船に乗り込んだ。事前に何度か船内に入る機会はあったが、その時とは船の姿はまるで違って見えた。
船は何の揺れに合わせてぎいぎいと音を立て、揺れるロープは怪物が首をもたげているようだった。
ソフィアたちは甲板の隅に立たされていた。熟練の船員たちを前に、ソフィアたちが助力できることなどない。ただ、邪魔にならぬよう控えるしかない。
しかし、船には乗り込んだものの、なかなか出航しない。帆は畳まれたままで、錨は水底に沈んだままだった。
刹那、西から突風が吹いた。だし風と呼ばれる、山から吹き下ろす風だ。
「出航だ!錨をあげろ!」
船長が声を張り上げる。
「沖に出たら東風をしっかり捕まえろ!風に逆らわず、南へ向かうぞ!」
船員たちは阿吽の呼吸で持ち場へと動く。全員が自分の役割を理解しており、それが淀みなく実行される。
ソフィアは、まるで一つの巨大な生き物の血が流れているようだと感じた。
感銘を受けるソフィアだが、同時に浮かんだ疑問が口をついて出る。
「なぜ南に向かうのでしょうか……風に逆らって船を進めるのが難しいのはわかりますが……」
誰かに回答を求めた発言ではなかったが、いつのまにか傍に寄ってきた船長がそれに答えた。
「ああ、そういえば、具体的な航路を話していなかったな。まずは大陸を大きく南下していく。」
ソフィアは目を丸くする。
「帝国領に向かうのですか!?」
「いいや、もっと南だ。帝国を超え、南の海まで行けば、風が西から吹くようになる。これを使う。」
ソフィアはさらに目を見開いた。
「風向きが逆になるなんて、そんなことが……」
「ああ、知っているのは俺たちのような新大陸に行った船乗りぐらいだ。もっとも、風の逆転を発見したのは、件の冒険者様だがね。」
船長はどこか懐かしむような目で東の海原を見ていた。
次第に東からの風が強くなる。
船長は声を張り上げ船員たちに指示を出しながらソフィアたちから離れていった。
黙って話を聞いていたクロードとメディは不安そうな表情をしていた。
先んじてクロードが口を開く。
「南下するということは帝国領を通ることになりますが……帝国は戦時中です。無事に通過できれば良いのですが……」
ソフィアの背中がぞくりと震えた。
「そうね、もし帝国の船に見つかってしまったら……」
従者たちはソフィアの次の言葉を黙って待った。
「帝国海軍のみなさまは、新大陸まで上手にエスコートしてくださるかしら。」
ソフィアはふふっと冗談めかして笑う。
つられて従者たちも緊張を緩めた。
(ああ、楽しみね。帝国の方々、きっと私たちを見つけてくださいね。)
新たな逆境の予感に、ソフィアは再び背筋を震わせていた。




