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逃亡王女の逆境開拓記  作者: 猫山犬兎
逆境の逃亡
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第一話 逃亡の幕開け

 石畳に降り積もる灰色の雪に、2台の馬車はぎしぎしと嫌な音を立てながら二本の(わだち)を刻んでいく。


 温暖なフィエル王国には珍しい身を切るような寒さからか、町には活気がなく行きかう人もまた疎らだった。


 末席とはいえ、王族が乗っているとは思えないほど粗末な馬車は、天蓋(てんがい)もなく、乗っている者たちを凍えさせる。


 それはまるで、これからの趨勢(すうせい)を暗示しているようだった。


「これから私たちは、どうなるのでしょうか」


 使用人の女が誰にともなく問いかける。向かいに座っている護衛らしきひげ面の男は、歯噛みしてから口を開いた。


「この国から出ることもできない者も大勢いるんだ。国外へ逃げることができる俺たちは、まだ恵まれているさ。」


 こぶしを強く握り、男は続ける。


「前王の敷いた融和政策のつけを、こんな形で支払うことになる陛下が不憫でならねぇ。」


 使用人の女は、暗い顔で俯く。


「帝国に輸出した鉱物が、魔導兵器となって私たちを襲うなんて……思いもしませんでした。」


 男は後方に続いている一台の馬車を見た。


「しかし、国外へ逃げる唯一の王族が、最も不出来な第三王女様とは……」


 苦渋の顔で男は吐き捨てるが、それを同乗していた初老の男が制する。


「言葉が過ぎますよ、アーノン」


 初老の男は首を振り、小さくため息をついて話し始める。


「……確かに、彼女には他のご兄弟のような武功も、聡明さも、美貌も、魔術の才覚もありません。


 彼女は勉学も運動も作法も王族としては、どんなに贔屓目(ひいきめ)に見ても及第点でした。


 しかし、彼女は、どんな時でも項垂(うなだ)れることなく、むしろ、うまくいかないことを楽しんでいるようでもありました。


 それに、彼女の気高さと優しさは、 アーノン、あなたが一番知っているでしょう。」


 アーノンと呼ばれた男はバツが悪そうに、わざとらしく頬を搔いた。


「それは、俺だってわかっているけどよぉ…」


 初老の男は続けて語る。


「彼女は、ソフィア様は、きっと、泥水を(すす)り、腐肉を(かじ)ることになろうと、最期の瞬間まで生きることをあきらめないでしょう」


 初老の男は、雪が積もり始めた王城を見つめながら目を細めた。


「だからこそ、国王陛下は彼女を逃がすことにしたのでしょう。王家の血を残すために」


 後方の馬車で毛布に包まった少女を見やる。彼女もまた、じっと王城を見つめていた。寒さからか、心細さからだろうか、彼女は時折震えているようだった。


「……このクロード・マルタン、命尽きるまで、貴女にお仕えしましょう」


 クロードは決意を新たにし、亡命へと続く仄暗い道を睨むのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ソフィアは、毛布に包まりながら、馬車に揺られていた。


 自分の生まれ育った城が、王都が、どんどんと後方に置き去りにされてゆく。


 少し垂れ型のぱっちりとした目はじっと王城を見つめていた。


 ウェーブのかかった長く淡いブロンドの髪は雪で濡れ、毛先から雫がゆっくりと落ちた。


 今日、シュテルク帝国は軍拡をするフィエル王国は脅威だとする詭弁のもと、宣戦を布告した。


 勝てないだろう


 とソフィアは思う。


 帝国の新兵器は、目で追えないほどの速度で鉄を飛ばし、飛んできた鉄は時に爆発し、時に風を吹き荒れさせ、時に鋭い氷の礫を四散させる。


 未だ剣と弓矢と魔術で戦う我が軍は、例え国力に差があったとしてもひっくり返せないほどの不利を強いられることだろう。


 だから、お父様は私を国外へ逃がした。


「才能無き出がらし姫」などと陰で揶揄された私だけれど、上手く出来なかったことは、全て努力で補った。


 


 そんな姿を見ていたお父様は私がどんな過酷な状況でも、きっと生き残ってくれると思ったようだ。


 私は今日、隣国のトニトル王国へと亡命する。


 どのような扱いを受けるかは分かっていない。


 なにせ、受け入れの書状は届いていないのだ。私の身の振り方次第で、私と、従者たちの命運が決まる。


(ああ……)


 体をきつく抱きしめるが、体の震えを抑えることができなかった。


「なんて……なんて……」


 思わず声が漏れる。


(なんて素晴らしい逆境……!これこそ……これこそ逆境!!)


(私を縛り苦しめる魅惑の、蠱惑(こわく)の、垂涎の美酒!!!)


(もっと私を苦しめて!もっと私を(とぼし)めて!)


(この逆境を乗り越えられたら、いったいどれほど気持ちがいいのかしら!!!!)


 おっとりとした顔立ちからは想像もできないほど、目を見開き、口元を釣り上げて恍惚(こうこつ)の表情で笑うその姿は、


 幸か不幸か、隣に座っている、訳知りの侍従メイド以外に見られる事は無かった。


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