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3:公園、運命考える子、そしてマルラース

 誕生日から間もなくして、一歳半になったマリンは、公園で両手を広げて立ち、何歩も歩くところを披露していた。

 それだけじゃなく、転ばずに走るところまで見せていた。

  家の近くの公園。最近よく来ている場所で、マリアとマックスを中心に、おばさんたちに囲まれていた。


「できたねぇマリン、えらいえらい、パチパチ!」

「えらいわねぇ」

「うちはここまで歩けるようになったの二歳だったのよ」

「完全に天才児じゃないですか奥さん!」


 母のマリアがパチパチと手を叩き、それに続いてたくさんの主婦仲間も拍手する。

  みんなこぞって我を褒めちぎり、父のマックスは腕を組んでうなずきながら、その褒めるの声にうっとりしていた。

「さすが俺の子だな、一歳半でこんなにちゃんと立って歩けるなんて」

「それだけじゃないのよあなた、もう一歳ちょっとでスラスラ話せるのよ、すごいでしょ!」


 我は歩くのをやめて、子どもの成長を喜んでいる両親を横目で見る。

「最初に親に言った言葉が「近づくな」だったのは引っかかるけどね」

「もう、あなたが怖がらせるからでしょ?」

 マリアはマックスの脇腹に強く肘打ちをして体を揺らしたが、鍛えた筋肉は飾りじゃないらしくダメージはなさそうだ。

 マックスは唇に指を当てて、空を見上げてぶりっ子みたいな顔をする。


「えぇ~マックス悪くないもん」

「もう、ほんと可愛いんだから」

 あのイチャつくカップルを無視した。


 まあ言うなら共同責任だろう。

 この二人、近づくたびに我を殺そうとしてるレベルなんだよな。(※故意ではない)

「あなたも結構乱暴に遊んでるわよ?吐かせた日もあったじゃない」

「免疫をつけてるのよ」


 免疫? ん? 免疫だと?

 子どもを放り投げてるのに?

 ひどい日はベッドに投げつけられることすらあるんだぞ。

 一歳児だぞこの我。


 もし我が自分の身体を調整できなかったら、とっくにベッドの上で死んでたぞ。

 この二人、子ども作る前に育児マニュアル読むって発想なかったのか?

 うわ、無理だ。


 この二人は想像の範囲を超えてる。

 女神の次に格上の存在で、我とも渡り合えた七王たちでも相手しきれないだろうな。

  勇者は? ああ、あいつがこの理屈の壊れた夫婦にあっさり負ける未来が見える。


 まあいい。立てるし走れるようにもなったなら好都合だ。

 そう思って、我は障害物を避けながら試しに走り、ついでに子ども用遊具でパルクールみたいに宙返りまでして身体テストをする。


「す、すごいわ! もう普通に走るどころじゃないじゃない、マリンって本当に天才児よあなた!」

  「マリン、パパと追いかけっこしようぜ!」

 マリアとマックスの騒がしい声の中、我は冷めた目で二人を見る。

「……」

 断る。


 ここまで走れるってことは、この二人の愛情という名の殺意から逃げられるってことだ。

 つまり我には危険回避能力があるってわけだ。

 我は危険生物と逆方向へ足早に逃げる。


「……ん?」

 だが、どれだけ急いでもなぜかスピードが上がらない。

「つーかまえたぁぁぁ、マリンー!」

 マリアに腕を掴まれていたからだ。


 マリアは背後から我を抱き上げる。速さも力も急すぎて耐えられないレベルだ。

「えへへ、マリン〜」

「落ち着いてください、ちょっと痛いです」

「ママって呼んでよ、マリン〜」

「い、痛い痛い痛い……!」


 どれだけ暴れても、身体で訴えても、はっきり言葉にしても、マリアは聞こえないふりで首をかしげて答える。

「ほら、ママだよ?」

「……」


 自分のことを「母だ」と呼べと迫ってきている。

 話せるとはいえ、マリアもマックスも父母って呼んだことはない。彼女は本気でその言葉を望んでるらしい。

 ママって呼ばないと解放されないのか?


「おいおい、力入れすぎだろ」

 運向いてる、マックスが来て我を奪い取る。

  助けるつもりかは知らないが、マックスが近づいた瞬間、危険な毒ガスが放出される。


「……くさい」

「「えっ/あっ」」


 仕事してなくても、マックスの体臭は風呂に入ってからだいたい六時間くらいで強くなり始める。

 マックスの自然現象の一つ、つまり世界の最上位ルールの一つみたいなものだ。

 それを聞いたマックスはすぐ我を下ろし、自分のシャツをめくって匂いを確認してからマリアに聞く。


「マジで?」

 マリアはぱちぱち瞬きして、また首をかしげてとぼける。

「.....普通のことじゃない、あなた?」

 は?


「男に生まれたなら体臭くらいあるでしょ? いわゆるフェロモンってやつよ」

 ……マリア、お前これ本気でこのままにする気か?

「……そ、そうだよな!」

「その通りよ♪」


 このバカ夫婦、マジでこのまま放置する気か!?

 我に幼少期から毒耐性ステータス上げさせるつもりかよ!?


 マリアはにやにやしながら自分の頬を撫で、少し頬を赤らめつつ妙に荒い息を漏らす。

「それにね、あなたの体臭って仕事帰りじゃなければ……私けっこう好きなのよ?」

「……マリア」


 ああ、趣味の問題か。まったく理解できん。

 ……はぁ……ダメだ……我、このまま無事に生き延びられるのか?

 いっそ六歳くらいで家出する計画に変えたほうがいいか?


 とりあえず一時避難だ。

 そう思った瞬間、両肩をマリアとマックスにそれぞれ掴まれた。

「遊ぼうよ、マリン♪」

「今日はパパ仕事ないんだ。家族の思い出作ろうぜ!」


「……や」

「「や??」」

「近づくな……!」


 @@@@

 女神よ、なぜ輪廻転生システムはこんなにも出来が悪いんだ。

 せめて転生先くらい選ばせるべきだろう、こんなふうに適当にランダム転生させるんじゃなくてな。

 我はそんなことを心の中で考えながら、スライダーの上で膝を抱えて座っていた。

 下では二匹の危険物が嬉しそうに叫びながら俺を呼んでいる。


「マリンちゃーん!!」

「マックスと遊ぼうぜ!!」

 こうなるなら、もっと周囲に注意を払っておくべきだったな。

 ……まさか、あの優しい女神が、こんな置き土産を残していくとは。


 優しい女神―実はかなり執念深いで、システムを書き換えて我に気付かせないまま、殺されたも同然の状態にして、他人に生殺与奪を握られる状況へ蹴り落としたのかもしれん。

 やはり世界に関心を持つのは重要だな。

 少なくとも、世界を滅ぼし始める前にもっと広く知っておくべきだった。

 最初は十年あれば十分だと思っていたが、あと五年は延ばしたほうが良さそうだ。同じ無知から来るミスは避けたいからな。


「……パパとママ、仲良さそうですね」

 突然、謎の声が響いた。

「ん?」


 声の方を見ると、同い年くらいの子供がロープにつかまりながら我に話しかけてた。

 黒くて肩までのさらさらした髪の少女。花柄の白いブラウスとプリーツのロングスカートという、いかにも高そうな服を着ている。

 いつも目を閉じているように見える瞳、ほんのり桃色がかった白い肌。年齢のわりに整いすぎた顔立ちだ。


「毎日きっとハッピーなんでしょうね」

 何より、落ち着きが年齢に合っていない。

 仲が良さそう? ハッピー?

 ずっと目を閉じてるから、現実の状況が見えていないのかもしれない。

 いや、それより―この年齢でやけに話し方がしっかりしているな。


 我は少し警戒した。

「……」

「……」

「ふふ、怖がりなんですね。でも、そんなに警戒しなくて大丈夫ですよ」


 女の子はスライダーに登ってきて、光が差したみたいな笑顔を我に向けた。

「敵じゃありませんから」

「目、見えてないんですか?」

 我は特に気にせずそう聞いた。相手は少しきょとんとしたが答える。


「ん? ああ、違いますよ。ただそう見えるだけです。でもよく言われますね。時々わざとそう見せて、ちょっと優しくしてもらったりもします」

 自分のズルい部分をまったく恥ずかしがらずに話した。

 女の子はまた楽しそうに笑う。そのたび、周囲に光が差すような雰囲気になる。もちろん錯覚だが、あの子の笑い方のせいでそう見えるんだろう。

 ……まあいい。


 我は少し警戒を解き、女の子に微笑みを向けた。

「どうして僕が怖がりだと思ったんですか?」

「だって……あなた、公園に来るたびにいつもお父さんとお母さんから必死に逃げようとしてるじゃないですか」

「それでも僕が幸せな家庭を持てるなんて、よく思えますね。」

 ずっと見てたんじゃないのかよ。なんでそんな勘違いできるんだ。


 ……ぷっ。

「ふっふっふ」

「えっ、笑ったんですか? 今の、別にボケたつもりじゃないですよ?」

「ごめんね、僕って笑いのツボ浅いんだ」

 我は昔から冗談に弱い。

 冗談じゃなくても、少しでもおかしければ理由もなく笑ってしまう。この性格のせいで、魔王になる前から我を嫌う奴は結構いた。


 この世界で我の寒い笑いのセンスと一緒に笑ってくれたのは、片手で数えるほどしかいない。その一人が、あの性格の悪い勇者だったりするんだがな。

「ふふふ……そうなんですか」

 女の子は軽く笑い、それから手を差し出した。


「じゃあ、改めてよろしくお願いしますね。……あなたのお父さんとお母さんからはよく名前を聞いてますけど、本人の口からも聞いていいですか?」

「……「マリン」です」

「マリン?、ま?..... ふふ、すごく不思議ですね」

 少女は小声で笑いながら、何かを一人で納得したようだった。


「ねえ……マリン」

「なんですか?」

「運命って信じますか?」


「……」

 運命?

 女の子は答えを求めるように我を見つめる。

「信じますよ。運命はすべてです」


 それに逆らうのは愚かなことだ。我はそれをよく知っているし、ずっと運命に従って生きてきた。

 運命に逆らえば……あの人間の姿がまた頭に浮かぶ。

 運命の流れに逆らった者の運命を、我はよく知っている。

 我自身だって敗北して死んだ。女神の力を奪っていなければ、あの挑戦者と同じように世界から消えていただろう。


「じゃあ、運命についてどう思いますか?」

「……」

 どう思う?

 答える前に、女の子のほうが先に口を開いた。


「私ね、運命には感謝してるんです……」

 ....

「「マリナ」って言います」

 女の子は胸に手を当てて言った。

「私の名前はマリナです」


「……名前、偶然にしては似てますね」

 ―マリナは我に手を差し出した。

「運命だからですよ。―よろしくお願いします、マリン」


 黒い髪が風に揺れる。いつも光に包まれているみたいに微笑むマリナ。そして開かれたその瞳は―「美しい灰色」だった。

 それは、かつての誰かを思わせる色。本当は忘れてはいけない誰かの。

 だがそのときの我は気にしなかった。


 ……いや、気にしないと決めたんだ。

 心の奥で望んだ通りに、それを忘れてしまうために。


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