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2:童話とマルラース

 むかしむかし、ずっと昔のこと。

  世界は邪悪な魔王の呪いに呑み込まれ、人間たちは呪いによって数百年もの眠りについた。

 偉大なる五柱の女神は、何度も戦いを挑んでは敗北を重ねた。

 邪悪な魔王は高らかに笑う。

「ワッハッハッハッハ!!」


 そして、いま対峙している一柱の女神の前で嘲笑った。

【公正の女神・ルテシア】。 神聖なる力を司る女神だ。

「お前たちなど、永遠に眠らせてやろう!」

「くっ……魔王!」

「お前はすでにこの俺に敗れたのだ、女神よ。おとなしく我の妻になれ!」


 女神は走り出し、魔王はその巨大で恐ろしい体を揺らして追いかける。

 魔王の姿は、黒い体毛に覆われた巨体、歪んだ口からは涎が垂れ、赤い眼、悪魔の翼、鋭い尾を持つ醜悪なものだった。

 それに対して女神は、黄金の髪を持つ気高い少女で、白く輝く肌をしている。


「私の愛しい人間たちを、こんなところで終わらせたりしない!」

「お前に何ができるというのだ」

「..わ、私は...!」

「あきらめろ、女神様―」


 その瞬間、剣の閃光が魔王の体を貫き、魔王は思わず後退した。

「ぐあっ、痛い..この攻撃は何だ!?」

 魔王が剣の飛んできた方向を見ると、そこには金髪の美しい青年が立っていた。

 まるで物語から抜け出したような姿で、男版の女神のような神々しさを持っている。


  魔王と並べば、その美しさはまさに別次元だった。

 美と醜―その言葉は、この二人を見た人々によって語られるようになったという。

「き、きさま..誰だ!?」

 魔王が嫌悪を含んだ声で問うと、青年は女神に微笑みかけた。


「お怪我はありませんか、女神様」

「勇者だ」

「なに、勇者だと!?」

 そう、その青年こそ勇者だった。


「この醜い魔王を倒しに来ました」

「勇者様..美しき勇者様。あなたならきっと倒せます..!」

 勇者は聖剣を天に掲げる。

 聖なる光が剣に宿り、その一撃で邪悪な魔王を打ち倒せる。


「や、やめろ、近づくな!」

 魔王は後ずさる。だが勇者は駆け寄り、最後の一撃を振り下ろす―

「魔王よ、社会のゴミだ! 消えろ!!」

「やめろぉぉぉ――!!」




 パタン!

 童話の本が、最後まで読む必要もなく閉じられた。

 元・大魔王「マルラース」―そして人間「マリン」として転生したこの我こそが、この童話でやたら大げさに語られている張本人というわけだ。


「人間社会に歴史の改ざんってものがあるのは理解してる。だがな……」

 我はわずかに眉をひくつ。

「これはさすがにやりすぎだろ。特にルテシアの性格だ。我の記憶が正しければ、あの女神は女神の中でも一番性格が悪かったはずだが?」

 もともと我が力を奪う前、女神は五柱いた―


【起源の女神・アルカリア】

【因果の女神・ネメシス】

【運命の女神・シリアーラ】

【時空の女神・クライア】

 そして最後に、【公正の女神・ルテシア】。


 童話で語られていたルテシアは、確かにマルラース討伐において重要な役割を持った女神だ。

 なにせ我が彼女の親友―【運命の女神・シリアーラ】を殺した直後、人間側をまとめ上げた中心人物だったから。


 だが正直の歴史に言えば、世界を滅ぼし始める前のルテシアは、人間嫌いで有名な女神だった。

  災害のときに助けないどころか、人間を見捨てることすらあった。

 我の記憶の中のルテシアは、助けを求める人間を追い払って死なせるタイプで、しつこく頼まれると災厄を起こして黙らせるような女神だった。


 シリアーラが人間にも女神にも最も愛された存在だとするなら、 ルテシアは人間からも嫌われ、女神たちからも距離を置かれる存在だったと言っていい。

「自分を剣に変えて勇者に託した―それだけで、こんなに印象が良くなるものかね」


 この新しい時代に一年以上暮らして分かったことがある。女神という存在自体はまだ信仰されているが、五柱から四柱に減っていた。

 かつて最も崇められていたシリアーラの存在は徐々に薄れ、代わりにルテシアの像があちこちに建てられている。

 とはいえ―気持ちを落ち着かせた我は、再び童話の本を開いて続きを読むことにした。




「やったぜ! 魔王を一撃で倒したぞ!」

「うぅぅ……勇者が強すぎるんだ……とても敵わない……我なんて本当に弱い……勇者と比べたらなおさらだ……頼む、命だけは助けてくれ……まだ死にたくないんだ」

「うるさいぞ、【クソゴミ社会問題・魔王】!」

 勇者は魔王の頭を踏みつけて地面にめり込ませ、そのまま何度も足でぐりぐり踏みつけた。


「“様”を付けろっての。クズ魔王め。勇者様って呼べ!」

「ゆ、勇者様……どうかお許しください」

「許すわけねーだろ!」

 勇者は魔王を蹴り飛ばし、それから後ろへ下がって、魔王が踏みつけられる様子を見ていた女神の腰を抱き寄せ、剣を空へ掲げた。


「人類の平和を祝って、一緒に剣を振り下ろしましょう、女神様!」

「分かりました、勇者様」

 それは力を合わせるというより、まるで結婚式のケーキ入刀みたいな光景だった。


 魔王は荒く息をしながら体を持ち上げ、必死に這って逃げ出す。

「うわああああ!」

「はあっ!」

 聖剣が魔王の体の真ん中へ振り下ろされ、体は真っ二つに、そのまま粉々に砕け散った――


「勇者あああああ!!!」

 魔王は空気のように消え去り、勇者はまるで庭に水やりを終えた後のように汗をぬぐった。

 こうして勇者はついに魔王を討伐した。


 その後いろいろあって、勇者は多くの子を残し、その子孫たちは女神の祝福を受けて普通の人間よりはるかに強くなり、さらに魔王討伐に使われた聖剣を受け継ぐ権利も持つようになった。

 その血筋を持つ者の中から、時代ごとに勇者が選ばれ、世界をあらゆる脅威から守る存在となる―

 ―これにて、めでたしめでたし。


 パタン! またしても、童話の本は我自身の手で閉じられた。

 ぱちぱちと瞬きをしてから、表紙をめくって著者名を確認する。

【著者:ゼノン】


 ……ゼノン……誰かは知らないが、この名前は覚えておくことにしよう。

 誕生日にもらった童話の本は、勇者と魔王の物語だった。

 まあ確かに、我と我を討ったあの勇者の話が元になっているのは間違いない。

 結末自体はその通りで、特に改変はされていない。だが細かい描写は最初から最後までかなり歪められている。


 我は本を持ったまま、楽しそうに体を揺らしながら皿洗いをしているマリアのところへ歩いていった。

「ん? どうしたの、マリン」

「別の本をください」

 ちなみに我は、正体を隠すため普段は丁寧に話すようにしている。


 ガシャン!!!

  手にしていた皿が床に落ちて粉々に割れた。

「……え?」


 マリアは口をぽかんと開け、瞳から光が消え、そのまま体を震わせ始め、やがて涙がどっと溢れ出した。

「ま、ま、マリン……ママのこともう好きじゃないのぉぉぉ!!?」

「……あ」

 そこから誤解が解けるまで、マリアは大騒ぎだった。

 我はただ、作者のバイアスで歪んだ童話じゃなくて、歴史書を読みたかっただけなんだがな。


 もちろんこの童話も、最終的には我の最初の蔵書コレクションとして残すつもりだ。いつか再び鬼に戻る日まで、ずっと手元に置いておく。

 どれだけ出来が悪くても、理不尽な内容が多くても、本は本だ。そこには独特の魅力がある。

 そう、この本の作者はきっと自己陶酔タイプに違いない。読めば分かる。自分をあの勇者に重ねて書いたんじゃないか……いや、待てよ。


 そういえば記憶の中のあの勇者も、妙に自信満々なやつだった。

 勇者のキャラに関しては、むしろあまり歪曲されていないとも言える。顔立ちは黙っていれば整っていたし、性格は―

「いや、考えすぎか」


 多少問題ありそうな勇者だったとはいえ、あの性格の悪い女神とお似合いだったとしても、自分を持ち上げる童話を書くなんて恥ずかしい真似まではしない……よな?


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