序章
魔王―それは魔族を統べる魔の王、あるいは人類にとっての災厄を指す呼び名だ。
では、「大魔王」とは何か?
魔王を超え、魔族の支配者すら凌ぐ存在。人類を滅ぼしかねない災厄―簡単に言えば、世界そのものが屈するしかない脅威。
彼は山頂に立っていた。
2メートルを超える巨体。筋肉質というわけではないのに大きく見える体格。短い黒髪、長い耳、その先には揺れるイヤリング。全身には血のような色の刺青、そしてまるで別の次元にいるかのような白い肌。
これこそが大魔王―「マルラース」黒い死体の山に囲まれ、頂に腰を下ろす存在。
黒い死体?
正確には、彼に挑み一撃で壊滅した数万の人間軍の成れの果てだ。大魔導士も剣聖も、黒に飲まれれば等しく敗北する。しかもその黒は止まらない。世界の命が尽きるまで広がり続ける。
黒はマルラースの呪い。仕組みは誰にも分からない。ただ、触れればすべてが黒に呑まれる。それだけが知られている。
理から外れ、規律を司る者すら超える力。
すべてを食らうことしかできない力ーそれが呪い。そしてそれは、この世界史上初の呪いとなった。
世界の半分を飲み込んだ呪い。マルラースの座る場所から遠くまで、大地はすでに黒に染まり、なお広がり続けている。
「...」
大魔王は空を見上げた。あと数時間もすれば朝日が昇る。
急ぐ必要はあるのか?急がなくても、世界を完全に飲み込むまでにはあと百年はかかるだろう。支配域が広がるほど終わらせにくくなる。そもそも彼は、すでに数百年も世界を侵食し続けているのだから。
問題はこれからだ。人類だけでなく、「五柱の女神」や「七王」までもが本格的に討伐へ動く。全力で。
もっとも、事前に女神の一柱や何人かの王は始末してある。 それでも、この先は楽ではない。
マルラースは大きくため息をついた。
「..我ながら、愚かだな」
世界を完全に黒く染められないことは分かっている。それでも望んでしまう。
なぜなのか。過去の記憶を探ろうとした瞬間―呪いの領域へ踏み込む魂を感じ取った。
彼は立ち上がり、来訪者を見る。
女神でも真の強者でもない。
..ただの人間?
鎧の騎士、魔術師、剣士など十人近く。珍しくもない一団だ。
ただ一人。
白い鎧の茶髪の青年だけが違った。静かで堂々とした佇まい、そして聖剣。年に一度は目にするそれ。
「勇者」女神の力を宿す聖剣に選ばれた人間。
「...」
勇者は剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「よう、大魔王。ツケの回収に来たぜ」
さっきまでの落ち着いた雰囲気は一瞬で消え、ただの軽薄そうな人間になる。
マルラースは首を傾げたが、それでも彼はため息をつき、彼らしい考えるのも面倒くさがる性格のまま、疑問をすべて振り払った。
混乱したけど、どうでもいい。
「...」
いつも通り片付ければいいだけだ。
「なあ、大魔王マルラース。ちょっと質問いいか?」
「...」
マルラースは答えない。指を鳴らすと、黒が前衛の騎士を一人飲み込んだ。
勇者は一瞥もしない。仲間が死んでも無関心だ。残った者たちはため息混じりに突撃してくる。
「おいおい、ちょっと熱心過ぎるじゃんね?―」勇者は言う。
「「「うおおお!!」」」
叫び声と呪文の詠唱が、ほんの一瞬のうちに一斉に響き渡った。
マルラースはただ指を持ち上げ、空中に黒い線を描いただけだった。すると闇がすべてを止め、そのまま敵の身体を食らい尽くしてしまう。
あとに残ったのは、どこ吹く風といった様子で立つ勇者だけだった。
「まったく、あいつらどんだけ急いで死にに行ってんだよ ...大魔王、こっちは本気で聞きたいことあるんだけどな!」
それだけじゃない。むしろ楽しそうにすら見える。
「……ふっふっ」
マルラースは口元を手で覆い、小さく笑った。勇者は目を丸くし、それから肩をすくめて答える。
「へえ、笑えるんだな、知らなかった」
「お前、真顔で面白いこと言うな」
マルラースは腕を組み、笑みを浮かべたまま言う。
「言ってみろ」
「いやー、ずいぶん寛大だな。噂と全然違うじゃん。これが「五柱の女神」の一柱を食らって、自分を世界の理にまでした大魔王? 真の強者ですら手出しできない存在で、手が届かない場所にいる怪物って話だったのにさ―」
「称賛や経歴紹介はいい。聞きたいことだけ言え。我もお前も時間の無駄だよ」
「しかも口調が優しくて礼儀正しいとか、ますます聞きたくなるじゃん」
勇者は地面にどさっと座り、聖剣を膝に置く。マルラースも近くの岩に腰掛け、頬杖をついて聞く体勢になる。
「なんで世界を食おうなんて思ったんだ? あんたさ、前は静かに暮らしてたろ。危険な敵もいなかったし、住処が脅かされたわけでもなかった」
勇者は鼻で笑う。
「退屈だったとか?」
「..そうだな」
マルラースはしばらく目を閉じた。
どうしてだろうな。
そうだな
「ごめんなさい……お願いです……巨大鬼様……」
今にも消えそうな少女が、マルラースの手に触れようとして手を伸ばしていた。
「どうか……すべて壊してください……命も……すべてを……」
感情が詰まった瞳のまま、彼女の意識は途切れ、その手もマルラースには届かなかった。
「お願い―この世界に呪いを..!」
巨大鬼はその手を掴もうともしなかった。 ただ、そのまま地面に落ちるのを見ていただけだった。
それが始まりだったのだろう。
いや、唯一の理由だ。マルラースが世界を沈めると決めた理由はそれだけだ。
「ある少女と約束した、というところかな」
「へえ?」
「この世界に一つの命も残さない、と」
マルラースは私怨のない声で言う。
「この世界の支配者であろうと例外ではない。本当にすべてだ」
「..マジで言ってんの?」
「くだらない話だろう?」
「まあな。多数決で言えば、「やめてくれ」って子の方が多そうだけどな」
「その子たちが彼女より先に言ってくれていればな」
「まあ無理だったから、今こうなってんだろ」
勇者は大きくため息をつき、暗い空を見上げた。
「女神の存在を奪って、竜王を殺して、本物の強者を何人も倒して、見境なく全部壊して ..人類をここまで追い詰めて、女神まで協力して止めに来る怪物の理由がそれだけとか、信じらんねえよ」
「滑稽な話だろう?」
「まあな。親があんたに殺されてなきゃ笑ってたかも」
「なるほど。復讐が目的か」
「最初はな。でも今は違う。まあ正直、あんたがどうでもいいってだけ」
マルラースと同じだ。 勇者も彼を殺すことに憎しみはない。
マルラースが世界を滅ぼす存在でなければ、戦う理由はないのだから。
「ただ、もう引き返せないだけだ」 勇者は言う。
「もし時間を戻せたら、逃げずに、お前の闇とか呪いとかに飲まれて終わってたかもな」
「...」
もし時間を戻せるなら...あの少女の手を掴むべきだったのか?
いや、それより前に、彼女が絶望する前にこちらから手を差し伸べるべきだったのかもしれない。
最高位の理たる呪いの力で、解決できた問題はいくらでもあった。だがマルラースは見過ごし、ここまで来てしまった。
今となっては、勇者の言葉は考える価値がある気がする。
だが―そんな時間はもうない。
「まあいい」
そう言って勇者は立ち上がり、ズボンの埃を払うと、聖剣を抜いてマルラースへ向けた。
「ここまで来たら、女神がもう一柱消えても今さら驚かないだろ」
ほう?
マルラースは聖剣の姿と溢れる力を見て、少し驚いた。
「そこまでしたのか、あの女神は。人間を愛して、自らを差し出すとは知らなかった」
「はっ! 愛っていうか、お前が嫌いすぎて体張っただけだろ!」
「それについては謝ろう」
「地獄で反省してくれよな」
勇者は悪役みたいに笑った。
「マルラースくん」
マルラースくん?
聖剣が今までと違う光を放つ。もう年に一度は見る剣ではない。すべての聖剣が一つに融合し、女神の存在までこの一本に移した剣だった。
かつてマルラースが女神にしたのと同じこと。 ただし今回は女神自身の意思。 しかも人間嫌いだった女神だ。
どうやら本当に嫌われているらしい。
マルラースは口元だけで笑った。
戦いが楽しいわけではない。彼は戦闘を好まない。ただ頭の中の皮肉な構図(?)が少し面白かっただけだ。
人間嫌いの女神が、人間のために自分を剣にするって、そんな考えが頭を巡り、思わず笑いを堪える。
「ずいぶん楽しそうだな。頭でもおかしいのかい?」
「さあな。成功するかどうかに関係なく、お前は我がよく覚える勇者の一人になるだろう。名前を知らなくてもな」
今、この聖剣は女神―この世界の最高存在と同格。 つまり、その地位を奪ったマルラースと同格だ。
「決着が十日後でも、十秒後でも、我が勝とうとお前が勝とうとな―」
「いいこと言ってるふりしてさ! 決着つけようぜ!」
「うん、分かった」
マルラースは腕を組んだまま立ち上がる。
勇者は剣を振って天に掲げた。
闇が周囲を覆い、同時に聖なる光が輝く。
戦いは数時間続き―
ーそして結末は、マルラースの敗北だった。
@@@@
「うん、予想以上だな」
マルラースは光すら存在しない暗い世界に立っていた。ただ彼自身だけが光を放っている。
映像が切り替わり、この世界に現れた瞬間、マルラースは自分が敗者であるとすぐに悟った。
あの聖剣は、これまでのどの聖剣とも別次元にあるものだった。すべての剣を一つに融合して生まれた唯一の剣というのも納得だし、その過程で女神の一柱を剣へと変えたという点も、かつてマルラース自身が女神に対して行った方法と同じだった。
つまり、剣そのものだけでも女神たちやマルラースと並ぶほど高位の存在だと言える。
マルラースは顎を撫でながら考え込んだ。剣の特異さに加えて、さらに想像を超えていたのは―
「勇者自身も異常だ」
勇者には独特の戦闘様式がある。力は弱くても、常に自分より強い敵に勝ててしまう。何度も、何世代にもわたってマルラース討伐を試みながら成功しなかったが、その技術と聖剣は進化を止めず、ついにマルラースを倒せる地点にまで到達した。
とはいえそれは向こう側の勝利ではあるが、確定的に訪れた勝利というわけでもない。
運命は味方してくれなかったようだな。
もし運命なら仕方がない。マルラースは敗北後の分析をすべて捨て去った。剣術や魔法、その他の術を学んでいれば勝てたかもしれないという考えも捨て、この死後の暗い世界を歩き出した。
死後の世界―そこは魂の写しを集めた世界であり、女神たちがそれを管理し、去った魂のエネルギーを輪廻へと還す場所だ。本当のところ、ここは一体どんな場所なのか。
かつて生きた存在の写しを集めた天界なのか?
生前の善悪で分けられる牢獄なのか?
それとも女神に仕える天のエネルギーへと変換される場所なのか?
マルラースは疑問を抱いたが―
「こういうことか」
マルラースの存在は死後世界を統治する五柱の女神に匹敵する。女神の地位を奪い、その力を自らの呪いに取り込んだ瞬間、彼は分離された究極の法則の所有者となり、真に同等の存在となった―つまり
「不死だ」
消滅することはない。肉体が死んでもすぐに転生できる。あの女神たちと同じように。
だとすれば、マルラースに殺された生命も本来の死後世界には行けないということになる。彼らは黒い呪いに飲み込まれただけだ。その黒は生命と死後世界を切り離し、死んだ命は永遠に消える。なんとも悲しい話だ。
殺された生命だけでなく、地位を奪われた女神も完全に消滅している。だからこそ女神たちはマルラースを恐れ、あらゆる人類と協力して、この世界すら飲み込める大魔王を倒そうとしたのだ。
「次の生では、どれくらい壊せるかな」
これほど努力してマルラースを倒したのに、それでも彼の転生を待ち、再び対処しなければならない。これからもずっと同じことの繰り返し、人間が定期的に災害に対処するみたいなものだ。
女神たちも本当に気の毒だな。
「..ん?」
この先に起きたことは、ただの幻なのか?
マルラースに地位を奪われた女神が黒い世界に現れた。
マルラースと比べると小さく白い体。その象徴的な黒い衣装のまま、顔を見せず彼を見つめて言った。
「あなたの人生は、本当に哀れですね、マルラース」
そういえば―これは彼女が飲み込まれる前に言った言葉だ。
きっと彼女の言う通りなのだろう。
「哀れなものなんてないさ。ただ、我が奪った命を除けばな..あなたの存在も含めて」
「...罪悪感ですか?」
「罪悪感?ふっ、相変わらずユーモアのある女神だな」
どんな行為にも罪悪感はない。恨みも悲しみも何もない。こんな程度のことで罪悪感なんてあるはずもない。
「ふふ、そうですか。褒め言葉として受け取っておきますね―それでも、これからもあなたを哀れませてください」
顔を隠した女神は明るく微笑んだ。
彼女はいつもそうだった。我が殺したも同然のあの女神は最も優しく、我を愛し ...すべての命を分け隔てなく愛した女神だった。
人間を迷わず助け、殺された瞬間ですら最後に見せたのは、哀れな者に向ける悲しげな表情だった。少なくとも本人の視点では。
だから彼女は他の女神たちから愛されていた。そして彼女を我が殺したことで、いつか彼女に愛された者に殺される運命になった。
我を殺した聖剣の存在がその証拠だ。
自分の行いに何の感情もない。
それでも、どれだけ酷くても、彼女だけはこんな目に遭うべき女神じゃなかったとは思う。ただ、あの少女との約束が何より優先されただけだ。
そうだな、せめて感謝くらいは言っておこう。難しいことじゃない。
「結局あなたは俺を呪うんじゃなく、哀れむほうを選んだんだな」
マルラースは目を細めた。
「ありがとう、優しい女神様」
そう言うと、女神は口を開き、それから微笑みに戻った。
「幸運を」
そう言い残して、その女神は最初から存在しなかったかのように消えた。
やっぱり幻だったか。
「ふっ」
マルラースは小さく笑い、それをただの冗談のように受け止めながら、体はゆっくりと黒い世界から消えていった――
@@@@
「ねえねえ、巨大鬼様」
「...ん? どうしたんだ、小さな人間」
マルラースは本を読みながら洞窟に座っていた。
そこは生活に必要な設備が一通りそろっており、特に彼の周囲を取り囲む本の山や本棚のせいで、ここが後に大魔王となる前のマルラースの住処である洞窟とは思えないほどだった。
彼はただの「鬼」にすぎない。巨大で強靭な肉体を持つ存在で、魔族からさらに分かれた種族であり、その誕生は魔族の突然変異によるため数もごくわずかだ。
その隣には、十歳ほどの小さな人間の少女がいて、絵本を開いて眺めていた。
「巨大鬼様は、ここから出てみたいって思わないの?」
この子はただの村娘で、高貴な血筋も特別な力もない。
彼は偶然けがをした少女を見つけて治療し送り返したが、それ以来少女は森に来て彼と話したり、ただ静かに座っていたりするようになった。
「いや、ここが一番我に合ってる場所だ。静かで、危険なものもない」
マルラースは戦いが何より嫌いだった。
それに食べ物も自分で探す必要がない。優しい女神がいつも持ってきてくれるからだ。もちろん生活用品や娯楽品も分けてくれることが多く、特に本は時代ごとに何冊も増えていた。
マルラースにとって、それは一匹狼として理想的な生活だった。
「でも巨大鬼様ってすごく強いでしょ? 外に出ても誰にも負けないと思うよ」
「ふっ、褒めてくれてありがとう、小さな人間。でも我はそこまで無敵じゃないよ」
巨大鬼―未来の大魔王は穏やかに笑い、小さく目を細めて少女の質問を真剣に考えた。
「うん、そうだな。君が大人になったら、その時に我を外へ誘ってみるといい」
「えっ、本当!?」
「でもまずは、君が住んでるあの危険な街から出られるようにならないとな」
「...えへへ」”
少女は頭をかきながら笑った。
まるで冗談みたいに。
マルラースが住む洞窟は魔族領の奥地にある。だから人間の少女の立場はせいぜい三等市民、最悪なら魔族に仕える家の子供だろう。
どんな生命にも関わるつもりのないマルラースは、彼女の過去を聞くことも助けることもせず、ただ流れに任せていた。
自分が鬼になったのと同じだ。すべては運命の流れのまま。偉大な女神ですら把握できない流れだ。
そう、そうあるはずだった。だが少女は拳を握りしめ、輝く目で彼の言葉を本気にしていた。
「いつか絶対この街から出てみせる。そうなったら...」
少女は、文字すら読んでいない絵本を閉じた。
「いっしょに冒険してくれる?」
少女はマルラースに向かって笑った。
「優しい巨大鬼様..!”
「...」
優しい鬼、か。
まったく、言葉の選び方がうまい子だ。
力のない人間が魔族領で暮らす。しかも普通に抑圧される少女だ。そんなこと、本当に可能なのか?
もし可能なら、それも運命だろう。ならば―マルラースは少女の頭に手を伸ばし、微笑んだ。
正直、人間の街には興味がある。魔族の街、エルフの街、ドワーフの街、獣人の街。さまざまな街、さまざまな種族。
それに本もたくさん手に入れたい。毎回もらう本だけじゃ足りず、結局何度も読み返しているくらいだし。
そう考えると、少し楽しそうに思えてきた。時計の針がその時を指す日を待つとしよう。
「楽しみにしてるよ”」
「うん!!」
マルラースは、その後の少女の人生を知らなかった。少女が最後に死ぬ日まで―運命に抗おうとした小さな人間の人生がどれほど地獄だったのか、彼にはわからない。
少女が大人の女性になって死んだ日でさえ、彼は彼女の苦しみを理解できなかった。ただ自分の苦しみだけしかわからなかった。
あれは、彼女に運命への反逆を望ませた自分の過ちだったのかもしれない。だがそれこそが、マルラースが初めて自分の運命を操ろうとした理由だった。
世界を壊そうと思った、という形で。
とはいえ―あの子の顔が思い浮かぶ。
人間としての人生も、やっぱり面白そうだ。
もし二つの命が手を取り合い、いっしょに運命に抗えたなら、きっとかなり楽しいだろう。
人間としての自分と彼女の姿が想像として浮かび、その温かさにマルラースは思わず心の中で微笑んだ。
@@@@
....
「“ねえ、あなた、あなた!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください、分かってます、分かってますから!」
「で、で、でもでも!」
この騒がしい声は何なんだ?
マルラースは意識が戻った瞬間、そう疑問に思った。
転生は成功したのか?
「落ち着いて、落ち着いて」
「う、うんうん..!」
若い男女二人の声だ。
マルラースの体は自然に目を開けた。外から差し込む光とともに見えたのは、抱き合いながら自分を見つめている男女の姿だった。
..ああ。
人間の男女か。じゃあ我は?...なるほど。体が動かないし、思うように動いてくれない。
そういうことか。
「あっ、あなた、目が開いた!」
「だから落ち着けって、はあ!まったく」
二人は我を見つめている。
どうやら我は人間として生まれ変わったらしい。
マルラースは心の中で笑った。
どうやら運命の流れが、なかなか面白い冗談を仕掛けてきたようだ。




