五ノ巻 金額の提示
「あなた、いい加減な話はキライよね?」
雪子は話し続ける。
「ギャラの話もしておきましょう。給料は月々30万円。ボーナスは夏・冬それぞれ100万円ずつ。月給は毎年3万円ずつ必ず昇給させます。」
「…それは、また、破格ですねえ。」
弓子は驚く。時代はバブル期を迎えていたが、それでも高額だ。
「気にしないで。カネなら毎日暖炉にくべるほどあるのよ。」
「???」
「時々やる新入所員の面接官の仕事には、手間賃として10万円つけるわ。」
「ありがとうございます。」
「あと、心の平安を保つために必要でしょうから、ちょっとした専用の個室も用意するから。楽しみにしておいてね。」
「…そんな。何から何までいたれりつくせりで…。」
「妥当な待遇よ。あなたは私にとって、貴重な人材なの。絶対に他に取られたくないわ。」
「ありがとうございます。ぜひ、ここで働かせてください。」
「じゃあ、この後は上の階に移動して、正式に契約書を交わしましょう。」
「はい。」
二人はエレベーターに乗り込むと二階に向かう。
「あと、さっきの部屋は、滅多に他人を入れないプライベートルームなの。でもあなたのことは、時々招待するから来てね。」
「ええ、もちろん、いつでも。私で良かったら。」
「ありがとう。」
雪子が笑顔を作る。そうしているとただの無邪気な少女のようだ。
とても天才科学者で超能力者には見えなかった。
エレベーターから出ると、二階のフロアは、長い廊下の先まで両側にドアがたくさん並んでいた。むしろコレが本来のフロアのレイアウトなのだが。
エレベーターから一番近い、左側のドアの名刺大のパネルに雪子が手を近づけると、ドアがスライドして開いた。
「手のひら認証なの。」
雪子が説明するが、弓子にはよくわからない。
「大丈夫。そのうちあなたにも登録してもらうから。」
部屋に入ると、先ほどよりも事務的な応接セットがあり、弓子はまた椅子を勧められる。もう机上には契約書が用意されていた。
「気を悪くしないでね。私、少し先の未来を見るクセがついているの。」
「ああ、それは知ってます。」
「じゃあ、こちらにサインを。」
「はい。」
「早速だけど、明日から勤務できるかしら?」
「大丈夫です。ヒマですから。家族には今日中に連絡しておきます。」
「ご両親はまだご健在なのよね?」
「はい。」
「立派に自立して安心させなきゃね。」
「…はい。」
雪子は弓子と同い年のはずなのに、こうして話をしていると、随分年上のようなイメージを持ってしまう。これも数々の経験値のなせるワザなのか。