第8話 出会いは呻き声と共に
昔のことを思い出しているうちに。気が付くと、街の広場までやって来てしまっていた。
ファイゼンの街の中心にある広場はプレイヤー間の交流が盛んな場所だ。アイテムの物々交換を持ち掛けるプレイヤーもいれば、パーティーの誘いをかけているプレイヤーもいる。露店を開くことも可能で、自分がログインしていない時でもアイテムを売ることができる。
ただ、TAOというこの場所では何でもできる。できてしまう世界だ。ただ露店を開いて放置しておくだけでは、あっという間に商品が盗まれてしまう。そういうダーティーと言える行為も可能といえば可能なのだ。
現実だってそうだろう。無人販売所という店の形態があるが、そこは店員が常駐していない。それをいいことにその手の店で商品を万引きする輩は、残念ながら存在する。
もちろん対策はあって、お金を払えば店番のNPCを雇うことができる。盗みを働こうとするプレイヤーを撃退してくれるし、客引きなども行なってくれるため露店にはほぼ必須となっている。
そんな露店をいくつか見て回ったが、残念ながら自分の現状を打破してくれるアイテムは見つからなかった。どれも通常の装備ばかりだったし、特に装備可能レベルが一なんてものは数えるぐらいしか売っていなかったのだ。
露店が集まっていた賑やかなエリアを抜けると、プレイヤーが告知をしているエリアに行き着いた。
多くのプレイヤーはわかりやすいように自分の前に看板を出していた。アイテム売買ならば【(求)○○、(出)△△】のような。パーティーなら【××ダンジョン行きませんか? @二名 攻撃役希望】といった具合だ。
大勢のプレイヤーが参加するMMORPGならではの光景。例えフルダイブ式のVRになってもこれだけは変わらないんだなぁ。俺は変な安心感を覚えるのだった。
そんな中。俺はあるプレイヤーに目が留まった。
なぜそのプレイヤーが気になったのか。それは声だった。威勢よく客引きしているわけではない。むしろその逆だ。
「ァアイテム進化~、ァアイテム進化代行はいかがっすかぁあぁ~~~」
どこからともなく聞こえてくる、覇気の感じられないぐったりした声。こんなやる気のない告知をしているプレイヤーは初めてだ。ゾンビだってもっとマシではないだろうか。TAOでゾンビ系のモンスターに会ったことはまだないけど。
あまりにもか細い声だったので遠くからではよく聞き取れない。どうやら広場の隅っこにいるらしいそのプレイヤーの前まで行ってみると、他のプレイヤーと同様に丸っこい文字で書かれた看板が出してあった。
「ええと…………アイテム進化?」
看板には【アイテム進化代行します。値段応相談】とだけ書いてあった。
聞いたことのない言葉だった。もちろん現実ではこんな言葉は存在しないから、TAOで使われているものだろう。アイテムの売買ではないだろうし、パーティーの誘いでもない。考えられるとすればスキル関係だろうか。
「はっ……?! お……お……お客さんっすか?!?!」
「うわっ!」
看板を見ているこちらに気付いたのか。さっきのか細い声の百倍はあろうかという声が辺りに響いた。思わずこちらがたじろいでしまうほどの勢いで。
「いやぁ、ぜんっぜんお客さん来ないんで! ウチ、もうやる気MAXダウンしてたとこだったっす!」
「そ、そうだったんだ」
確かにさっきまでの彼女は目が死んでいた。俺という客が来たことで本来の(?)自分を取り戻したらしい。声は百倍。目の大きさも五倍ほどに見開かれている。
そう。この露店を出しているプレイヤーは女性アバターだった。
現実の体をスキャンして作った自分のアバターと比べると彼女の大体の背丈がわかる。身長はこちらの頭二つ分くらい小さい百五十センチくらいか。装備はゴツめの分厚い鎧を着けている。きっと戦闘では前衛タイプなのだろう。戦闘中ではないからか頭装備だけは外しており、明るめのブラウンに染めた髪を靡かせていた。
「このアイテム進化ってどういうものなんだ?」
俺は看板を指差して、彼女にそう聞いてみた。
「うーん、説明が難しいんすよねぇ。一度試しにやってみてもいいっすか? 初回特別サービス~ってことで手数料ナシでいいんで」
「あ、あぁ……いいけど」
そんな流れになってしまった。別にアイテム進化とやらをお願いするつもりもなかったのだが、まぁ一回ぐらいはいいだろう。何より「進化」というキーワードが男心をくすぐっていることだし。
進化。その種(動物、植物など)が長い時間をかけて環境に適応できる体に変化していく、というのが本来の意味だった気がする。だが、ゲームの世界では専らパワーアップの手段として使われている用語だ。
一定のレベルに達する。特別なアイテムを使う。二体、三体と複数のキャラが協力して行う。進化の方法は様々だ。進化した後は大抵の場合大きな戦力の増強が見込める、ロマン溢れる素敵システムである。
「あざっす! ええと、何か要らないアイテムあります? 同じものが十個欲しいんですけど」
「また数が多いな……」
要らないアイテム十個ときたか。十個、十個……。
「これでいいか?」
俺は「スライムの体液」を十個彼女に渡した。スライムがドロップするアイテムの中で一番確率が高いものである。売値も一ジオルと最低値。ヤツらをひたすら狩ってレベル上げしていたため、それはもう腐るほど在庫があるのだ。
「はいっ! それじゃあ、やっていくっすよ……?」
スキルを発動させるボタンだろうか。空中を右手の人差し指で押した彼女。両手を頭の上に真っすぐ掲げると、手を伸ばしたまま上から横に、そして下へゆっくりと移動させる。最終的に胸の前に両手を上に向けたまま重ねると……そこに一つのアイテムが出現した。
「アイテム進化完了っす! はい、どうぞ」
彼女からアイテムが手渡される。ただし、その数はさっき渡したはずの十個ではない。一個になっていた。
「ありがとう。あれ? スライムの体液じゃない……?」
スライムの体液を渡したはずなのに。返ってきたのは「スライムの塊」というアイテムだった。知らないアイテムというわけではない。スライムが落とすアイテムの中で二番目に確率が高いアイテムだ。もちろん、スライムの体液よりは価値が上になる。
「もしかして、元のアイテムのランクが上がった……?」
「ふっふっふ……その通りっす!」
ドヤ顔で胸を張った彼女が教えてくれた。
スキル「アイテム進化」。同一アイテム十個を消費することで、一段階上のアイテムに変化、もとい進化させるスキルだそうだ。しかも、消費アイテム、装備アイテム、素材アイテムなど、アイテムの種類は問わないらしい。
「……凄いな。どんなアイテムでも数さえ集めれば進化させられるんだろ? いわゆるレアスキルじゃないか!」
様々な種類があるスキル。その中でも、特に変わった効果を持つものはレアスキルと呼ばれていた。公式に設定された名称ではない。あくまでプレイヤー間で交わされている通称である。
しかし、ここで俺は気付いてしまった。
「あれ? でも客が全然来ないってさっき言ってたよな?」
「ぎくぅ!」
あっ。さっきまでドヤ顔していた彼女が急に挙動不審になり始めた。こちらと目を合わせようともしない。さては何か隠しているな。
「じー」
彼女を見つめる。
「あー、そのー」
「じーー」
見つめ続ける。
「あはは……やだな、もう~。て、照れるじゃないっすか」
「じーーーーーっ」
大きくてくりっとした瞳を覗き込みひたすら見つめ続ける。……まつ毛長いなコイツ。
「…………ウチの負けっす」
両手両ひざを付いた彼女。よし、勝ったぞ。……いや、何の勝負をしているんだ俺たちは。
彼女のスキル「アイテム進化」に必要なものは、「同一素材」を「十個」です。
さぁ、反撃の時間だ。