第7話 進化したスキル
見た目問題も解決したことだし。いよいよ新しく進化したスキルを使ってみようか。「だいじなものコピー」スキルを。
宿屋の二階にある部屋=プレイヤーの自室というのはプライベートスペースであり、自分が許可した人物(プレイヤー、NPC)しか中に入ることができない。つまり、他人に見られることなく安心して作業できるわけだ。
ゲームを始めて一か月ほど経つが、「だいじなもの」アイテムというのはそれほど多く入手できるわけではない。「マップ」、「図鑑」、そして先ほど装備した初心者装備一式、それぐらいだ。
さて、どの「だいじなもの」を選ぶかだが……ここは「初心者の剣」一択である。なぜかというと他のものはコピーしても意味がなさそうだからだ。
マップが二つあっても仕方ないだろうし、図鑑も同じ。防具系は二つ装備することができない。でも剣なら二つあれば二刀流で持つことができるからだ。
二刀流と言っても単純に攻撃力が二倍になるというわけではなく、実際は大幅なマイナス補正がかかるとどこかで耳にしたことがある。しかし、少しでも攻撃力を上げたい今の俺にとっては、最も重要なアイテムだと言えるだろう。
「だいじなものコピー」スキルを発動させると、アイテムコピーの時と同様にアイテムを入れるウインドウが表示された。
装備を解除した初心者の剣を持ち、ウインドウにセットする。コピーするかどうかに「はい」で答えると進捗ゲージが増え……。
ポンッ!
「おぉ……!」
見事、コピーされたもう一本の「初心者の剣」を入手することができた。本当に「だいじなもの」がコピーできてしまったのだ。
早速装備してみると両手に初心者の剣を握ることができた。うん、いいぞ。見た目だけはカッコいい。攻撃力は1のままだけど。意気揚々と狩場に赴いた俺は早速スライムを相手に検証してみたのだった。
「ピギュイイイっ!」
「あっ、くそっ、効かなっ……! うわぁぁぁぁっ!!!」
命からがら。俺はファイゼンへと帰ってきた。前回と違い、狩場の中でも街に近い場所で戦っていたことが幸いした。敏捷の能力値が低い鈍足の俺でも、なんとか追いつかれることなく逃げ切れたのだ。そして、わかったことがある。
左右の剣が命中した場合、DPS(ダメージパーセカンド。一秒間に与えられる攻撃力のこと)は元々の一.二倍ほど。俺の予想通り、二刀流にしたことで確かに攻撃力は上がった。しかし、スライム相手にも相変わらず苦戦だった。……というか勝てなかった。こちらの弱い攻撃では怯みもせず、またもや飛び掛かり攻撃二発で殺られてしまったのだ。
レベルが上がらなくて能力が強化できないうえに、攻撃手段もこれしかない。
あれ? もしかして俺、詰んでない?
いやいやいや。待て。そうだ。このゲームには合成というシステムがあったはずだ。
合成とは、二つのアイテムを合成して一つに合体させることで様々な効果を得ることができるシステムである。例えば装備にモンスターの素材を合成することで攻撃力の数値を上げたり、薬草と水を材料にポーションを作ったりもできる。
TAOが力を入れているシステムであり、ありとあらゆるアイテムを組み合わせることができる。例えば装備作成と組み合わせることで、自分の思い描く理想の装備を作ることだってできるのだ。昨日会った先行プレイヤーたちだってそうだ。彼らの一人が装備していた燃える槍の場合、槍に火属性の素材を合成して作られている……と思う。
合成というシステムのおかげで、このゲームにはいわゆるテンプレ装備というものがない。某ゲームみたくパーティー全員がバケツのような頭装備を被ることなんてまずないのである。プレイヤー同士の差別化を図りたいがための良システムだと言えるだろう。
もしかしたら俺も、この初心者の剣を合成することで事態を打開できるのではないだろうか。
そんなわけでファイゼンの街にある合成屋にやってきた。
合成に必要なのは素材となるアイテム二つ以上とお金。お金はなんとかなるとして、ファイゼン周辺しか探索したことのない俺は所持している素材の数が少ない。スライムのドロップ品かその辺に生えている草やキノコぐらいだ。
ただ、スライムの素材が曲者で。装備に合成すると攻撃力が下がってしまう場合があるという噂も聞いていた。そのせいもあって、今まで合成システムを利用したことがなかったのだ。
ただもう今はそんなことを言っていられない。スライムの素材だろうがその辺で採取できるただの草だろうが、利用できるものは利用しないといけない。スライム一匹さえ倒せない今の状況をなんとかしなければ、先に進むことすらできないのだ。
合成屋の中は酒場と比べて全くと言っていいほどプレイヤーがいなかった。やはり入手できる素材が少ない序盤向けのシステムではないのだろう。これが次の街……TAO最大の街ともなるとまた違ってくるのだろうが。そのおかげで待たされることなく合成屋に話しかけられるんだけど。
「次の方、どうぞ」
自分の番が呼ばれたので前に進み出る。
「いらっしゃいませ。初めていらした方ですよね? まずはこれを差し上げます」
線の細い合成屋の兄ちゃんが差し出したのは、「レシピブック」という「だいじなもの」アイテムだった。どうやら合成したアイテムを記録しておくためのものらしく、一度作ったアイテムを再度作るときに役立つそうだ。
「今日はどのアイテムを合成しましょうか」
「あの、これって合成できますかね」
装備を解除した「初心者の剣」をカウンターに置く。
「はい。あぁ、これはですねぇ……」
一目でわかったのだろう。合成屋は首を横に振った。
その可能性はあると思っていた。やはり「だいじなもの」アイテムは合成不可能だそうだ。なんでも合成してしまうとそのアイテムの本質が変わってしまうため、だいじなものとしての用途に使えなくなってしまうと。そんな説明付きで断られてしまった。
合成屋を後にした俺は、特に行くあてもなくファイゼンの街を歩いていた。
「あぁ、もう。どうしろっていうんだよ……」
頼みの綱だった合成もできず、モンスターを倒すことさえできない。いや、そもそも本当にモンスターを倒す必要があるのだろうか。倒したところで手に入るのはお金とドロップするアイテムだけ。俺のレベルは一から上がらないので経験値は無駄になってしまうのだ。
いっそ、戦いを捨てるか。何もモンスターとバトルするだけがTAOの楽しみ方じゃない。アイテムを売買する商人のようなプレイヤーだって存在していると聞く。商人ならば交易などで街同士を行き来する機会があるだろうし、一生このファイゼンの街にいなければならないってことはないはずだ。
一瞬だけ。それもいいかと思ってしまった。市場における相場を読む。訪れたプレイヤーと談笑しながらアイテムを取引する。TAOの経済を回す立派なロールプレイだし、プレイヤーと交流だってできる。必要な、需要のある役割じゃないか。
ただ、俺は今でも思い出すことがある。
初めてTAOの世界に降り立った時。フルダイブ型のVRゲームという不慣れ、というか初めての経験。チュートリアルに四苦八苦しながら、なんとか目当ての場所へ移動できるようになった。そして最後に待ち受けていた戦闘訓練。
あの時の相手は確かゴブリンだったか。
「ギャギャギャギャッ!」
ブゥゥゥンッ!
「うわぁっ?!」
必死だった。目をぎらつかせてこん棒を振り被ってくる敵の攻撃を避ける。チュートリアルなのでタイミングなどはシステムが指示してくれるのだが、敵モンスターの鈍器が自分の真横を通り過ぎていく風切り音。あの感覚は確かな恐怖と緊張感が存在していた。
そしてこちらの攻撃ターン。大振りのこん棒を避けた後、そのチャンスは訪れた。
「おぉぉぉっ……!」
システムが指示してくれたタイミングの通り、剣を抜いて振り下ろす。
ズブリッ……!
「グギャッ?!」
刃がゴブリンにめり込む感触、腕に伝わる衝撃。致死ダメージの攻撃を受け、倒れゆくゴブリン。そのどれもが今までに経験してきたゲームとは違っていた。これが、フルダイブ型VR。正に自分が自分を操っている現実感がそこにあったのだ。自分が自分の力で敵を倒したんだ……!
恐怖は確かにあった。ある程度の痛みだって体に走る。ただ、それ以上に敵を倒した時の達成感が勝っていた。どうしてもあの時の感動が忘れられないのだ。
俺は戦闘というコンテンツを捨てる気にはなれなかった。
TAOには商人プレイの他にも様々なプレイスタイルが存在しています。
音楽に自信があれば歌や楽器を演奏してお金を稼ぐことができますし、オリジナルの料理を作って販売しているプレイヤーもいます。
プレイヤーの数だけ遊び方があり、それに対しての需要と供給が存在しています。