第5話 レベルが1になりまして
体が光に包まれて視界が白く染まる。ただそれも一瞬のことで。数秒経つとその光は収まっていった。
スキルという、言わば内部的な要素の進化である。自分の体を見回してみたが、特に外見には変化が見られなかった。スキル画面を開くと、今まで自分のスキルだった「アイテムコピー」の文字はなく。「だいじなものコピー」というスキルに名前が変わっていた。
スキルは無事進化を果たしたようだが、もう一つ、確かめなくてはいけないことがある。俺はスキル画面を閉じるとおそるおそるステータス画面を開いた。
「あぁぁ、やっぱりぃ……」
システムが警告していた通り、レベルは1に。ついでにスキルレベルも1に下がっていた。次のレベルに達するための数値もピーっと横線が引かれている。俺のアバターは、本当にこれ以上レベルというものが上がらないようになってしまったようだ。
「まぁ、なんとかなるだろ」
このゲームの名前は「The All Online」。なんでもできる世界だ。例えレベルが1から上がらなくたって楽しめるに違いない。
さて、いつまでも安地にいたって仕方がない。こんな狩場の横では落ち着かない。自分の部屋で進化したスキルをじっくり試したいし、さっさと戻ることにしよう。
レベルは1になってしまったがここは最初の街の横にある最初の狩場だ。街に帰るくらいできるだろう。
「ピギッ?」
そう思っていたら早速スライムに絡まれてしまった。慣れた相手だ。対処法はよく知っている。軽くやり過ごすとしよう。いくらレベル1になったからといって最弱モンスターに負けるはずがない。
「1、2、3……今だっ!」
三回の飛び掛かり攻撃をやり過ごし、スライムに鉄の剣で斬りかかる。
ぺこんっ!
「……えっ?」
「ピギ?」
間抜けな音と共に表示されたダメージは、なんと1。与えられる中で最低の数値である。当然、斬られたはずのスライムもピンピンとしていた。
普段なら一撃で倒せるはずなのにどうして。確かにレベル1に下がってしまったことで力を始めとするステータスも下がっているけれど、剣自体の攻撃力はそれなりにあるはずだ。剣の耐久値が0にでもなってしまったのだろうか。
スライムから少し距離を取り、鉄の剣の詳細画面を開く。すると。
「……あっ?!」
スライムに攻撃が効かなかった理由がわかった。鉄装備の装備可能レベルは8以上。レベル1の俺では装備自体不可能だったのである。鉄の剣は強制的に外されて、アイテムボックスに収納されてしまった。
そして、それは防具の方も同様であった。鉄の帽子、鉄の鎧(上)、鉄の鎧(下)、鉄の靴。全ての鉄シリーズの装備が剣と同じく外されていく。ついに俺は、裸とは言わないものの下着しか身に付けていない。そんな格好になってしまった。
「まずい、逃げなくちゃ……!」
いくらスライムとの戦い方を知っていても、流石に装備無しでは分が悪い。ひたすら逃げて街まで戻るしかない。そう考えた俺は走り出そうとしたが……。
「おっそ! 遅すぎるっ……!」
レべル1に戻ったということは敏捷のステータスも下がっているということだ。ボテボテと走る俺は歩くのと同じくらいのスピードしか出なくなっていた。そして、それを見逃してくれるスライムではなかったのだ。
「ピギッ♪ ピギッ♪」
「ひぃっ! やめろっ! 来るなっ!」
こちらが走るよりも速く追いかけて来るスライムは、どこか楽し気な様子で飛び跳ねてくる。みるみるうちに距離が縮まり、ついに。
「ピッギィィ!」
スライムの飛び掛かり攻撃。ぴょんとこちらに飛び掛かってくるそれは、いつもならその可愛らしいモーションに癒されているくらいの弱い攻撃だったのに……。
ドグシャアア!!!
「ぐぁぁぁ?!」」
大ダメージを意味するエフェクトと効果音と共に全身に痛みが走る。まるで鉄球が体にめり込んだような衝撃だった。めり込んだことないけど。たった一度の攻撃で、こちらの体力の半分以上を持っていかれた。
レベル1。裸装備。防御力ほぼ0。この戦闘の結果は火を見るよりも明らかだった。
「ピギィィィッ!」
続くスライムの攻撃。目の前に迫る、プルプルとした半固形状の体を避けられる敏捷性などあるはずもなく。
ブチュンッ!!!
「が……ぁ…………」
俺の体力は0になってしまった。倒れる体。暗転する視界の端では。
「ピッギギギィ♪♪」
嬉しそうに勝利の舞を踊るスライムという、中々レアな光景を見ることができた。
(あぁ、これは、選択を誤ってしまったかも、しれない……ガクッ)
TAOでは、アバターの体力が0になってしまった場合、二つのペナルティが発生する。俗に言うデスペナルティというやつだ。
一つ目は所持金の減少。これは現所持金から一パーセントのお金を徴収されるものであり、よほどの大金を持っていなければ微々たるものだ。
もう一つの方は少々特徴的である。強制的にゲームからログアウトされ、五分の間ゲームに復帰できなくなるシステムだ。
プレイヤーの間でも賛否両論あるシステムだが、俺は肯定派だ。長時間ゲームに没頭するのは体に悪い。特にTAOのようなフルダイブ型VRゲームは脳に干渉するため体への負担も大きいのだ。
「……まぁ、ちょうどいいか」
ログアウトさせられた俺は、ヘルメット型デバイスを頭から外して起き上がった。結構な時間プレイしていたようで、いつの間にかのどが乾燥している。冷蔵庫から作り置いた麦茶をコップに入れ一気に飲み干す。香ばしく冷たい液体がのどを潤した。
「今日はこの辺でやめておこう」
世の中にはこのTAOに常時ログインしている猛者もいるらしい。が、俺はそこまでの廃人ではない。仕事も控えていることだし、新しいスキルの確認は明日の夜のお楽しみにしておくことにする。
……レベル1問題を解決するにはどうしたらいいのか。考えておかなくちゃな。
レベル1固定。
初期ステータス。
装備なし。
……さぁ、ここからだ。