第4話 ターニングポイント
「うーん、どうするかな……」
明くる日の狩場。その外れにある安全地帯で俺は悩んでいた。
ここ数日スライムを狩り続けたおかげでレベルは9に上がっていた。そして「アイテムコピー」の方はスキルレベルが10に達したのだ。
一時間のクールタイムが終わったら、すぐに次のアイテムのコピーをする。こまめにスキルを使い続けているうちに、いつの間にスキルレベルがどんどん上昇していったのである。まさか、メインレベルよりも先にレベル10に上がるとは思わなかった。
そして、先ほど行ったアイテムコピーでスキルレベルが10になった瞬間。高らかなファンファーレと共に、目の前に三つの選択肢が表示されたのだ。
どうやらスキルというものはレベル10ごとに「進化」するものらしい。攻略サイトに寄せられたプレイヤーたちの投稿を見てみると、攻撃スキルであれば威力が上がったり攻撃範囲が広がったりするみたいだ。
俺のコピースキルはどう強化されるのか。どうやらこの三つの内から一つ選ぶことができるようだった。
1、「コピー可能なアイテムのレア度が上がる」
2、「コピースキルのクールタイムを5分短縮する」
3、「コピーできるアイテムの種類が変更できる」
これが俺を悩ませていた。
まず一つ目。コピーできるアイテムのレア度が上がれば当然その売値は上がり、より多くの収入が期待できるだろう。金策というのはどんなゲームでも付いて回るものであり、これが楽になるのというのは非常に心強い。
次に二つ目。クールタイムが短縮できるというのはアイテムコピースキルの回転率が上がるということだ。コピーできるレア度は1のままだが、将来的にもっと時間が短縮される可能性があるため、こちらも収入の増加が期待できる。
最後は、コピー可能なアイテムの種類が変更できる。
現在コピーできるアイテムは「素材」というアイテムの種類に限られている。もし今回の進化で装備がコピーできるようになったなら、素材よりも高値で売ることができるだろう。レア度一の装備でも十分な収入になるに違いない。
一時間は悩んだだろうか。散々迷った結果、俺は「コピーできるアイテムの種類を変更できる」に進化を決めることにした。もしかしたらレベル十の段階でしか登場しない選択肢かもしれないし、一番伸びしろが大きそうというのが選んだ理由である。
だが、更なる選択肢が俺を再び悩ませることになった。
「コピーできるアイテムの種類が変更できる」のボタンを押すと、先ほどよりも多い四つの選択肢がさらに表示された。どうやら何をコピーできるようにするのかも選ばなければいけないらしい。
その選択肢とは次の四つ。
1,使用アイテムコピー
2,装備アイテムコピー
3,ペットアイテムコピー
4,だいじなものコピー ※注意
の四つだった。……これは想像力を働かせる必要がある。
一つ目の使用アイテムのコピー。もしスキルを進化させ続けたとしたら。将来的にHPを全快させる秘薬のようなアイテムをコピーできるようになるかもしれない。戦闘においても便利だし、需要が尽きないため金策としても上々である。
二つ目の装備アイテムのコピー。さっきも言ったように素材アイテムより装備の方が高値で売れるだろうし、もしかしたらこれでTAOでの生計を立てられるようになるかもしれない。そのくらいメリットが大きい。特にプレイヤー相手の売買で大きな利益を立てられるようになるだろう。
三つ目のペットアイテムのコピー。これは……俺はまだペットを所持したことがないのでよくわからない。しかし愛玩用、戦闘用ともに高値で取引されているため、将来的な需要はありそうだ。ブリーダーのようなプレイを目指すならこれを選んでもいいのかもしれない。
問題は最期のだいじなものコピーだ。これだけはいくら考えてもメリットというメリットがわからない。現在俺が所持しているだいじなものアイテムを確認してみると、「マップ」、「図鑑」、「初心者装備一式」のみ。この中のどれをコピーしたとしても、どう役に立つのかが一向にわからないのだ。「だいじなもの」であるため売ることはできないし、金策に使えるとは考えづらい。
そして、だいじなものコピーの選択肢にだけ、赤々とした文字で注意書きが追記されているのも気にかかる。
【以後、あなたのキャラクターのレベル、及びスキルのレベルは「1」で固定となり、永続的に上がらなくなります】
RPGにおいてレベルが上がらないというのは最大のデメリットである。強くなれませんよと言われているのと同義だからだ。まるで呪いだ。しかも最低値の1である。どんな縛りプレイだよ。
メリットが考えられない上に特大のデメリット。「だいじなもの」という記念アイテムみたいなものしかコピーできないし、クールタイムもおそらく一時間のままだ。不便すぎる。
―――だが。俺には何かが気にかかった。
これだけのデメリットだ。もしかしたらこの代償以上に便利な効果があるのかもしれない。
TAOのリリースからおよそ一か月。毎日欠かさずログインして育ててきたレベルは非常に惜しい。もうすぐレベル10になり、新しい街に行けるようになるのに。待てよ、レベルが上がらなくなったら新しい街には……。
悩むこと更に一時間。悩み過ぎだと思う人がいるかもしれない。でも、おそらくこれは今後TAOをプレイする上において大きな影響を与える選択だ。
悩みに悩んだ。一度ログアウトした俺は風呂に入り、飯を食って思考をリセットした。さらに日付が変わろうとするような時間まで決定ボタンは押せないままで……。
「選んで、みるか」
そういう結論に至ってしまった。
ぽちっ。
「だいじなものコピー」を選択するボタンを押すと。
『「だいじなものコピー」への進化でよろしいですか?』
はい・いいえの選択肢が表示された。
「はい、っと」
『本当に「だいじなもの」アイテムコピーでよろしいですか?
これも「はい」だ。もう迷わない。
『本っ当~~~に、「だいじなもの」アイテムコピーでよろしいですか? レベルとスキルレベルが上がらなくなりますが』
「はい」だ。レベル云々に関しては次の街に行けるようになるのかをはじめ、色々と思う所もあるが。TAOなら他の方法があるのではないか。なんとかなるだろ。
『……本当に選んでしまうのですか?』
なんだろう、この確認の嵐は。ゲームというか運営側も推奨していない選択肢なんだろうか。レベルが上がらないというのは結構な縛りプレイになるかもしれない。ドМしか選ばない選択肢かもしれない。
でも、それはそれで面白いかも。時すでに遅し。俺はそう思ってしまっていたのだ。
「ええい! 『はい』だ!!」
ぐぃっ!
俺は力の限り「はい」のボタンを押した。
『……わかりました。あなたの勇敢な選択に幸あらんことを……』
度重なる「はい」の連打にとうとうTAOも折れたらしい。お祈りのようなメッセージとともに、俺の選択は受理されたようだった。