第20話 受付嬢のお詫び
「それで、今回の件に関してのお詫びなんですが……」
「え? お詫び?」
ひとしきりフェイラさんから謝られた後。彼女がそんなことを言い出した。
「えぇ。リン様に、プレイヤーに不快な思いをさせてしまったことに対してお詫びをさせていただきたいと思いまして」
「あ、いや、いいですよそんな。疑いが晴れればそれで」
確かにあらぬ疑いをかけられて、少しばかり心が痛む思いをしたのは事実だ。でも次からは何も言われなくなるようだし。それだけで十分なんだけど。
「今回の件は完全にこちらの落ち度ですし、ギルドの信頼回復のためにもどうかお願いします」
「まぁ、そこまで言うなら……」
中々頑ななフェイラさんだった。このことをネットに言いふらされても困るし、何かしらの対応をしておきたいのだろう。別に俺はそんなことをする気などさらさらない。そんな暇があるのなら、一分一秒でもTAOに潜っていたいのだ。
「それでお詫びの内容に関してですが……今回はお金が発生していないトラブルになりますので、金品を差し上げるというのがギルドとして少々難しくてですね」
「はぁ……」
ギルドというのは、言わばTAOにおける公的な機関だ。そんな施設ともなれば、いちプレイヤーへのお詫びのために予算を動かすということはできないのだろう。なんとなくだけど理解はできる。お詫びとはいいながら、お役所仕事ばりの言い訳を並べて結局言葉だけの謝罪になるんだろうな。……そう思っていたのだが。
「しかし言葉だけでは誠意も何もございません。そこで……」
フェイラさんが土下座から上体を起こし、座ったまま姿勢を正した。
「私にできることなら”何でも”いたします」
ん? 今何でもするって言った? いやいや、いくら何でもありのTAOだからってこんなところまで何でもにしなくたって。
改めてこの状況を確認しよう。
この部屋は鍵が掛けられている。外の音が聞こえてこないことから、中の音も外に漏れない。つまり密室である。
部屋の中には椅子が二脚。小さな机が一つ。ここにいるのは自分。そしてギルドの受付嬢の中でも断トツで美人なフェイラさんだ。その二人だけ。
そのフェイラさんはと言えば。上半身は下着姿であり豊かな谷間が覗いている。三つ指を着いて正座しているその姿は、堂々とした中にも若干の照れが混じっているような気がして。
こ の 状 況 で 彼 女 は
「 何 で も す る と 」 言 っ て い る の か?
ちらりと部屋を見回したフェイラさんは更に追い打ちをかけるように。
「申し訳ないのですが、この部屋にはベッドというものが置いていなくてですね」
なぜ今ベッドの話を? 体を横たえる家具の話題がなぜ出てくる?
「床の上、ですか。……あの、あまり痛くしないでくださいね?」
頬を染めた彼女は、潤んだ眼差しでこちらを見つめていて―――。
ベッド、床、痛くしないでという言葉。彼女が指し示しているのは間違いなくそういった行為のことではないのか。
(……嘘だろ。ヤるのか? 今……? ここで? ちょちょちょそんなそんあ待て待て待って。あぁぁ! 落ち着け、落ち着け俺。別にそんなことを要求するつもりは一切なかったのに。すっかりフェイラさんがその気になってるぅぅ?!)
普通に考えてNPCが自分からこんなことを言い出すものだろうか これが予めプログラミングされた会話とは到底思えない。こんな違和感なく人間と会話できるAIというのも聞いたことがない。中の人がいると言われても納得してしまうぐらい洗練された会話だ。
俺の動揺をよそに。膝立ちになったフェイラさんは、ギルドの制服であるスカートに手を掛け……。
ゴクリ。
自分の、唾を呑み込む音がやけに大きく聞こえる。これ以上は、本当に、マズい。
一応言っておくと、TAOでそういった行為をしてはいけないというルールはない。しかも彼女は運営のような権限をもったNPCである。運営から許されているも同然である。その彼女の方から誘っている感じなのだ。
俺はもう、無言で彼女の方を見つめることしかできなくなっていた。それを是と取ったのか。妖艶に微笑んだフェイラさんはスカートの両端を持った手を下に降ろそうと……。
ピコン。
通知が届く音で、我に返った。差出人を確認するとアオイの名前だった。詳細を開いてみると。
『リンさーん、こっちクエスト報酬受け取ったっすよー。はやく狩り行きましょ!』
そんなメッセージだった。
「……ふふっ、邪魔が入ってしまいました」
いつの間にかスカートを直し、制服を羽織り終わったフェイラさん。なぜだか残念そうな顔をしていた。
俺に通知が来たことをなぜ知っているのか。個人宛のメッセージを覗ける方法なんて有り得ないはずなのに。やはり運営に近いNPCだからそういうことができるのだろうか。
「続きはまたどこかで、ね?」
先ほどまでの底知れぬ何かを一切感じさせない表情で。フェイラさんは部屋の扉を開けた。




