第11話 効果:確定クリティカル
「なんっすかクリティカルって! こんな特殊効果、競売所でも見た事ないんですけど!」
まさかの特殊効果付き武器。しかも未確認の効果を目の当たりにした彼女が驚きの声を上げる。
「俺もだよ。しかしクリティカルの後ろに付いている(極)ってなんのことだろうな」
「ん~……たぶん、効果の強度のことじゃないっすか?」
特殊効果には強度がある。極小、小、中、大の順にその効果が大きくなっていく具合だ。
ただ、店売りの装備で特殊効果が付いているものは皆無。モンスターがドロップする装備に稀に付いている特殊効果の強度が「極小」。噂によると、ボスモンスターと呼ばれる強敵がドロップする装備に強度「小」の特殊効果がついていると言われている。
強度「小」ともなると滅多にお目に掛かれない代物だ。特殊効果の種類にもよるが、少なくとも数十万ジオルは下らない値で取引されていると聞く。
改めてこの「初心者の剣+」を見てみよう。この剣についている特殊効果の強度は「極」だった。
「極って、もしかして極小のことじゃないか? TAOでは珍しいけど、アイテムのテキストミスとか」
TAOがリリースされてから一か月余り。滅多にないことだが、誤字報告も数件あったはずだ。海外産のMOなんかを見ると翻訳ミスがそこら中に転がっている。数件だけで収まっているのは、デバッグやテストプレイにも力を入れている証拠だ。
「う~ん、そうっすかねぇ。あ、そうだ。ちょうどアレがあったはず……」
「ん? アレ?」
彼女は自分の出している露店の中をゴソゴソとあさり始めた。後ろ向きで。鎧に包まれたお尻が揺れている。うん、揺れている。ふりふり。うむ。
「あった! ちょっとコレで試してみないっすか?」
「コレ……あぁ、サンドバッグくんか」
彼女が取り出したのは高さ百五十センチ程度の円柱。「訓練用人形」と呼ばれるアイテムだった。正式名称はそうなのだが、プレイヤーがそう呼ぶことは少ない。「サンドバッグくん」と呼ばれることがほとんどである。
初心者から上級者まで御用達であるサンドバッグくんは、文字通りそれに攻撃することが可能なアイテムである。主な用途は、初心者ならば基本的な攻撃やスキルの練習に。上級者ならば攻撃とスキルを組み合わせた連携やダメージ量の確認などに使われている。
特殊な使い方としては、サンドバッグくんに特定の人物の顔写真やネームプレートを貼ることでストレスを解消している人がいる。彼氏や旦那に不満を持つ女性プレイヤーに多いとは聞くが真偽は定かではない。ゲーム内でストレスを発散してくれるのなら、そちらの方がいいのかもしれない。
さらに特殊な使い方としては、サンドバッグくんを抱き枕代わりにしているプレイヤーもいる。写真、または絵師と呼ばれるプレイヤーに描いてもらった絵を貼りつけて服を着せ、本物の人間さながらに仕立て上げているようだ。主に美少女が多い。男性アイドルも多いようだ。ログインからログアウトまで、TAOでの暮らしを見つめてくれるらしい。
ただ彼女がそんな使い方を勧めてくるはずもなく。本来の使い方のことを言っているだろう。
「よし、やってみるか」
俺は「初心者の剣+」を握った。重さは進化前とほとんど変わりがない。いや、少しだけ重くなったかもしれない。装備のデザインが少々凝った作りになっているせいだろう。これぐらいの重さならレベル1の俺でも十分扱えそうだ。
長剣ではなく短剣の部類に入る初心者の剣だが、ステータスが極貧な俺にとって片手で持つのは少々荷が重い。両腕に力を入れ、肩に担いだ。少し離れた場所で見守る彼女の視線が少々気になるが、今はこれに集中しよう。
左足を踏み込み、上段から剣を振り下ろした。剣先がサンドバッグくんに食い込んだその瞬間。
ギャキィィィィィィィン!!!
金属音に似た凄まじい音が、ファイゼンの街の広場に響いた。
サンドバッグくんが大きく揺れる。広場の隅っこだったことが幸いした。こちらに注目するプレイヤーもいることはいたが、ごく少数だったようだ。そのプレイヤーたちも時間が経つと興味を失ったのか、またどこかへと去っていった。
「いや~凄いっすね、クリティカル! ウチ、久しぶりに見たっすよ」
「俺もだ。爽快感、半端ない」
クリティカルというのはTAOの戦闘システムの一つである。専用の効果音とエフェクトが発生し、与えるダメージが二倍になるという効果だ。攻撃が弾かれないので、相手の防御を無視してダメージを与えるという効果もある。
ただ、戦略としてクリティカルを取り入れるのは非常に難しい。理由は簡単。確率が低いからだ。
モンスターを狩りに行くとしよう。VRMMOは攻撃を受ければその衝撃がリアルに伝わるため、とにかく神経を使う。集中力が維持したまま狩れるのは長くても一時間くらいだ。
その時間の中でクリティカルの攻撃が発生するのは多くて一回。まったく発生しないことだってある。剣を振る回数で例えると、百回に一回ぐらいだろうか。通常の場合、クリティカルが発生する確率というのは一パーセント未満という超低確率なのである。
「特殊効果って凄いっすねぇ。効果(極小)なのに一発でクリティカルが出るなんて」
「あぁ、十分効果があるみたいだな」
普段なかなか見られないクリティカルが一撃目から見られたんだ。極小とは言っているものの、少なくとも数パーセントぐらいは確率を底上げしてくれるんだろう。
「いい機会ですし、どれくらいの確率でクリティカルが出るのか検証しちゃいません?」
「お、いいね。やってみるか!」
願ってもない彼女の申し出に、俺は即OKを出した。当面の自分のメイン武器だ。戦闘スタイルに関わってくるので、自分の武器の特徴はしっかり把握しておきたい。
「今度はちょっと弱めにお願いっす。当てるだけでもいいんで」
「よし、わかった」
流石にさっきのは音もエフェクトも派手過ぎた。あまり人目を引くのも避けたいし。俺はさっきのように斬るのではなく撫でるような弱さで剣を振るった。
キィンッ!
控えめなクリティカル音とエフェクトが広場の隅一帯に響く。
「二回目っすね~」
「意外と確率が高いんだな極小って」
通常のクリティカル確率よりは高いのだろう。流石、特殊効果というべきか。最小の効果強度にも関わらず連続で発生するとは運がいい。
もう一度、剣を振るった。
キィィンッ!
「三回目っすけど」
「あ、あれ? おかしいな」
今度は剣をサンドバック君に軽く当ててみた。
キンッ!
「四回目。軽くでもクリティカルっすね」
「もしかして……」
キィンッ! バキィン!! ゴュキンッ!!!
五回目、六回目、七回目。結局十回ほど剣を振った俺はようやく確信に至った。
「極小じゃないなこれ。極は極でも極大だわ」
「やっぱり! 効果のテキストが虹色だったし! おかしいと思ってたんっすよ! 百パーセント! 確定クリティカルっす!!!」
どうやらテキストミスの類ではないようだ。極というのは、おそらく極小、小、中、大の更に上に位置する効果強度らしい。十回やって十回ともクリティカルだ。百パーセントかどうかはわからない。しかしほぼ確実にクリティカルが起こるという、とんでもない特殊効果が付いている武器のようだった。
「しかもこのデザイン……刃の紋様もそうっすけど柄の方まで。うわっ、細工、細かっ! ……綺麗」
初心者の剣+を眺める彼女はなぜだかうっとりとしている様子で。なにやらごにょごにょと呟いていた。確かに剣のデザインが少し変わったなとは思ったが、そんな琴線に触れる点があったのだろうか。




