第9話 似た者同士
「少し考えればわかっちゃうことっすけど」
そんな前置きをして彼女が教えてくれたのは。
NPCに店売りする場合。スライムの体液というアイテムは、一つにつき1ジオルで売れる。今更ながらジオルというのはTAOにおける通貨の単位だ。ゲーム名から取ってきたのが丸わかりな名称である。
それに対してスライムの塊はどうか。こちらは体液よりもドロップし辛いアイテムということもあり、一つにつき5ジオルで売れる。
「一ジオルで売れるアイテムが五ジオルのアイテムになった。でも……」
「……そうっす。進化には十個アイテムが必要なんで価値が釣り合わない」
要するに合計して十ジオルだったアイテムが五ジオルしか価値のないアイテムになったわけだ。完全な赤字。利用する人がいないわけだ。
「最初は面白がって利用してくれるプレイヤーもいたっすよ? でも、赤字になるってわかった人は、その後二度と来ませんでした……」
「だろうなぁ」
そりゃそうだ。損するとわかっていて、このアイテム進化代行を頼むやつなんていない。さらに手数料も取られるとなればメリットなんて無いに等しい。
「……ウチも色々試したっす。消費アイテムも装備アイテムも進化させてみたっすけど、十倍以上の価値になるものは一つもなくて。うぅ、死にスキルにもほどがあるっす……」
死にスキル。これもレアスキルと同じくプレイヤー間で使われている名称だ。文字通り、役に立たないスキルのことである。
(……そうか。俺と同類なんだな)
考えてみれば、俺のスキル「だいじなものコピー」も死にスキルだ。初心者の剣を二本に増やしてみたものの、さして強くなれるわけでもなかったし。
「ん? 待てよ……?」
「……どうかしたっすか?」
なぜこんなことを思いついたのかはわからない。彼女のスキルの説明を聞いて。俺のスキルを思い返してみて。
その特徴が一瞬だけ、なんかこう、交差するような……。
「なぁ、明日もログインしているか?」
「えっ……? まぁ、してると思うっすよ。狩りに行った後は、ここでドロップしたアイテムの露店を出してるんで。……ついでにアイテム進化代行も」
「そっか。ありがとう」
よし、よし。明日までにはなんとか準備できるだろう。
「……もしかして、ナンパっすか? いやぁ、ウチも罪な女っすねぇ。この鎧の下に隠された悩殺ボディに気付くとは、お兄さんも中々お目が高……」
「じゃあな」
「えっ? あっ、ちょっと! なんなんすか! もうっ!」
手を振って彼女と別れる。去り際に何か言っていたような気がするが、今はそれどころじゃなかった。さっき思いついたひらめきを忘れないうちに、行動に移しておきたい。
現実の就寝時間まであと僅か。急いで宿屋の自室に戻った俺は「だいじなものコピー」スキルを発動させた。
「あれ? なんだこれ?」
進化前には無かったそのボタンを押してみると、今の俺にぴったりの機能が設定できる画面が表示された。
「初心者の剣をセットして、回数を指定……。できた。よし、寝る!」
ベッドに寝転がりログアウトする。
明日の夜は絶対にログインしなければならない。そのためには体調を万全にして仕事に望まなければならない。寝不足によるミスなんてものがあってはならないのだ。なんとしてでも残業を回避しなければ。
早めにTAOを切り上げたかいがあり。その夜はしっかり眠ることができたのだった。
「はぁ……はぁ……急げ……!」
俺は息を切らしながらファイゼンの街の広場に向かっていた。
VRMMO「The All Online」。
脳に干渉するフルダイブ型VRはゲーム内で走れば、それ相応に疲れが溜まる。足の筋肉に乳酸が溜まり、肺は足りない空気を取り入れようと呼吸が荒くなる。そんなことがリアルに感じられるのだ。
スキルの効果によりレベル一から上がらない仕様になってしまった俺は当然ステータスも上がらず。体力も敏捷性も低いため。走るのも一苦労だった。それでも急いでいるその理由とは……。
「はぁ……ふぅ……よかったっ……いたっ」
広場の隅っこ。昨日と同じ場所に彼女の姿があった。
時刻は夜九時。思わぬ残業が入ったため、結局残業するハメになってしまった。おかげでログインするのが遅れてしまったわけだ。
俺が近付いていくと、向こうも気付いたようだ。
「あっ、昨日のお兄さんじゃないっすか。……やっぱりウチのこと忘れられなかったみたいっすねぇ。まぁ、どうしてもっていうなら連絡先ぐらいはぁ……」
「……アイテム進化」
「……えっ?」
「アイテム進化をお願いしたいんだ」
俺の発現がよほど予想外だったのか。彼女は言葉が飲み込めていないようだった。
「……昨日、ウチが説明したの聞いてたっすよね。進化後のアイテムが元にした十個のアイテムの売値を上回らないんすよ? 赤字もいいとこっす」
若干呆れたような表情をした彼女だったが、自分のスキルの仕様を俺にもう一度教えてくれた。優しい性格なんだろうなきっと。
「赤字にはならないだろうから構わない。手数料だって払う。君にお願いしたいんだ」
「ウチに……。ま、まぁ、わかった上ならいいっすけど。それで、何のアイテムなんすか?」
「これなんだけど……できるかな」
俺が両手いっぱいに持ったアイテムを見て、彼女が目を丸くする。
「え? これって……初心者の剣?」
そう。俺が持っているのは「初心者の剣」。合計十本だった。
「えっ? なんでっ? これ、取引不可っすよね?」
「あぁ、『だいじなもの』だから他のプレイヤーと取引はできないな」
消費アイテム、装備アイテム、素材アイテムと違い、だいじなものアイテムというのは取引不可能である。売却も不可能。競売に出品することも不可能となっている。
「やっぱりそうっすよね。なんでこんなに持ってるんすか?」
「それはだな……」
簡単にではあるが自分のスキルについて彼女に説明した。だいじなものカテゴリのアイテムをコピーして増やすことが可能なこと。クールタイムがクソ長いこと。昨日は彼女のスキルについて教えてもらったことだし、こちらも教えなければ平等じゃないだろう。
「コピーできるのは『だいじなもの』だけっすかぁ。いやはや、なんというか……」
「死にスキル、だろ?」
「……そうっすね(笑)」
俺たちは結局似た者同士だったわけだ。癖の強すぎるスキルを引いてしまったばかりに苦労しているプレイヤー同士。
「でもクールタイムが長いのに、よく十個もコピーできたっすね」
「あぁ、それは……」
昨日の就寝前。とりあえず一個コピーしておこうとスキル画面を開いた時、見慣れない時計の形をしたボタンを発見したのだ。どうやらスキルが進化したことで予約機能というものが使えるようになったらしい。回数を指定すれば一時間ごとに一回、自動でコピーし続けてくれるようだった。
初心者の剣をセットした俺は回数を九回にセットしてゲームをログアウトした。そして今日の夜ログインしてみると。見事、初心者の剣は合計十一個に増えていたのだった。
アイテム進化には十個必要だから一個多いんじゃないかって? それはまぁコレクター魂というやつで。元のアイテムも一個ぐらい残しておきたいという理由である。残しておけばまたコピーできるし。




