留学
大学の夏休み
高校時代のオカルト同好会の5人で恒例の飲み会
一人くらい脱落してるかと思ったけど
マニアックな趣味は相変わらず
いいのか悪いのか
皆に成果を聞いてみた
1人目
「サークル仲間で廃墟探索
昼間だしなにもなくて写真だけ撮ったけど
空気読めなくて仕切り屋で鬱陶しい男の先輩は呼ばなかったのに
生き霊になってて
もれなく全ての写真に写ってた最悪」
2人目
「心霊スポット行ったら
戻ってきた時に
車に悪戯されて
全部のタイヤパンクさせられてて
JAF呼ぶ羽目になった」
3人目
「吊り橋効果狙って好きな人と有名なおばけ屋敷に行ってみたけど
ビビり散らかされた上にお漏らしされて醒めた」
私
「廃墟に
次に来た人たちを怖がらせようと
ちょっとした出来心で
処分に困ってた人形を置いてきたんだ
半年後くらいに行ってみたら
人形が滅茶苦茶増えてて
どうやら人形が捨てにくい人たちの姥捨山みたいな感じになっちゃってた
一年後には
『姥捨人形館』
って名前まで付いて有名になってしまい
存在するかわからない所有者の人には
申し訳ないことしたと思ってる
いや本当に」
とね
私含め
みんな残念な報告ばかり
ろくな話がない
あと
お漏らしってなんだよ
そしたら
最後の一人
Eが
「私も大した話じゃなくてごめんだけど
友達が部屋に来てね
帰った後に
日記がなくなってたんだ
でも
次の日に学校から帰ったら普通に元の場所にあってね
あれなんだろうね
目の前からふっと消えるのに
気がついたら普通にあったりすることあるよね」
って
「あるあるだよねぇ」
みたいな話をされたけど
「待て待て待てっ」
「怖いの意味違うっ」
「気づけよ!」
って別の意味で飲み会は盛り上がったんだ
その小柄で喜怒哀楽はいつでも控え目な
そして案外天然な友達のEと
帰りの電車が一緒になってさ
並んで電車を待ってる時
「さっきの話なんだけど」
「うん」
「あの部屋に来た友達、実は○○のことなんだよね」
ってEが静かな声で言ったんだ
「○○?」
○○って
さっきまで一緒にいて
タイヤパンクさせられた金額被害的には一番悲惨な○○
「うん、○○」
私はEを見たけど
Eは真っ直ぐ前を向いたまま
滑り込んできた電車に髪を靡かせてた
「……そういえば、2人とも同じ大学だったっけ?」
「うん」
Eはただ静かに頷き、電車に乗り込んだ
私も続けて乗り込み
閉まったドアの前に立つと
Eがじっと私を見上げてゆっくりと瞬きし
その意思のある眼差しでやっと気付いた
Eは
あれは天然なんかではなく
意図的に告発したんだ
小さな仲良しグループの中で
大きな爆弾を落とした
そう
きっと
Eの日記紛失は初めてなどではなくて
何かEの中で
○○に対して
積もり積もったものがあってのことだろう
それに
もしかしたら
推測でしかないけれど
もう
うんざりしていたのかもしれない
いつまでも昔の仲間とつるむことに
年に一度とはいえ
この集まりがある限り
大学も同じ○○とも仲良くしなければならない
友達の日記を持ち去り
どうやってか無人の部屋に返せるような「友達」と
私は
だいぶ長い時間
Eの顔を見つめ続けてしまっていたけれど
速度を落とした電車が停まると
「お疲れ、お先」
とEは小さく笑って電車から降りた
けれど
さっさと階段へは向かわずに
私が乗ったままの電車が出るまで手を振ってくれる姿は
何も変わらない
昔ながらのEのまま
私は
そんなEからそんなネタ明かしをされて
一体
どうすればいいのか考えたけれど
答えなんて出るわけもなくて
ただ
翌日
「留学決まった!2年くらい行ってくるよ!」
とグループメッセージツールにそんな一文を流したのは
Eだった
「昨日言えよ!」
そんな他の友達からの、私も同意見な返信には
「私もさっき教えられたんだよ~」
といつも通りのEの返信
私含め、もう一人の友人からの書き込みはあったけれど
○○からの書き込みは
ただの一度もなかった
不自然な沈黙には誰も触れず
それで気付いた
他の2人は違和感に気付いていたことを
長い間
Eと○○に一体何があったのか
私は何も知らない
ただ
こういう時に重なるおかしな偶然ってあるでしょ
たまたまオカルト系の繋がりで仲良くなった人が
Eと○○と同じ学校の先輩だったんだ
そこで
Eのことはあまり知らないけれど
○○は同じサークルのため知っていると言う
でも
言葉のニュアンスから
好意的なものは受け取れず
私はそのまま流そうとしたのだけれど
先輩は少し考える顔をした後
「ごめん、吐き出させて」
と落ち着かなさげに薄い唇を舐めた
大学にもサークルにも関係ない私だからこそ話せると思ったらしい
「心霊スポットで○○の車のタイヤをパンクさせられたことがあったんだけどね
それが○○の自作自演の仕業だったんじゃないかと思っているんだ」
と少し驚くことを言われた
少しなのは、この間のEの告発があったからで
それがなかったら
友人として反射的に否定していたかもしれない
けど
聞いた後の今では衝撃も少ない
私がそこまでの動揺を見せなかったせいか
(内心では心臓がきゅっとなったけど)
先輩は安堵したように息を吐いて
状況的にそうとしか思えなかったんだよねと呟いた
「足がないと来られない場所でさ、私たち以外の他の車も人もいなかったんだ」
「後から車が来てタイヤをパンクさせてすぐに帰るのは?」
「ああいうところ静かでしょ、特にもう山のてっぺんに近かったから、車の音がしたらすぐに分かるんだよ」
現場で写真を撮ると言って1人になったのも○○だけだったらしく
「元からね、ちやほやされたい、かまってもらいたい的な性格してたみたいで、今回も
『心配されたかっただけ』
なんだろうけど」
先輩のその口振りだけで、だいぶ参ってることは窺えた
でも
その時の私は
(そうだったのか
○○がそんな面倒な性格だなんて
本当に全然知らなかったし気づかなかった)
そこにショックを受けていた
鈍感な自分にこっそり落ち込んでいると
「それだけが原因じゃないけど、最近、サークルの空気も少し変でね」
そのニュアンスからして
もう○○が原因であることは鈍い私でもさすがに解った
所謂
厄介なトラブルメーカーなのだろう
そのトラブルメーカーな○○とずっと一緒だったのはEで
きっと
○○にとっては
何かしらの居心地のよさや
悪く言えばEにはうまみがあったのだろう
私や他の仲間にはない
でもEにはあった
何かが
それでも
間も無くEが無事に留学を果たし
私は少しホッとしていた
知らなかったとは言え
長年○○の面倒な部分をEだけに押し付けるような形になってしまっていたし
あれ以来気になっていたから
留学を望んでいたEの夢も叶って良かった
そう思い
ホッとしていたもの束の間
「私も留学決まったよ♪」
とグループメッセージにその一文と言う名の爆弾を送ってきたのは
○○だった
しかも現在Eの留学している国で同じ大学へ留学すると
さすがに
来年度かららしいけれど
この報告は
他の2人からも動揺が見られた
○○を抜いた3人で会い
Eと○○のことを聞いてみると
「○○がEに寄ってる感じだったかな」
「大学はたまたまかなーと思ったけど
さすがに留学先にまで付いていくのはびっくりした」
やはり気づいていなかったのは自分だけらしい
「君はそういう鈍いところが気楽でいいんだよ」
「そうそう、空気の読めない感じが」
余計傷付いた
そして
半年後
いなくなったEを追うように○○もいなくなり
夏の恒例の集まりもなくなった
きっと
Eが望んでいた通りに
月日は過ぎ
私は大学を卒業し就職
ただ
Eが帰国してからすぐに2人だけで一度会った
Eから○○の話題はただの一度も出なかったし
私からも出さなかった
Eは
海外に行っていたとは思えない程
何も変わっていなかった
話し方も考え方も仕草も
表情もリアクションも相変わらず乏しかった
そして
帰国したEと会ってから一週間後くらいだろうか
「留学している○○と連絡が付かなくなった」
「そちらには連絡が来ていないか」
と、連絡が来たのは○○の母親からだった
それまでは週に一度は国際電話で必ず掛かってきていたのに
二週間連絡がないと
一週目は向こうでの生活にも慣れて楽しくしているのだろうと思った
けれど二週間経っても連絡がなく
もうすぐ帰るからおざなりになってるのだろうかと考えた
けれど
なんとなく気になり
こちらから掛けてみても繋がらなくなっていると
酷く動揺した声だった
親ならば当たり前だろう
だけど
私には
○○からは個人的な連絡は一度もないし
同じ留学先のEの方にはもうとっくに話を聞いているのだろう
それでも何の情報も得られず
こちらに掛けてきたのだろうけれど
私が○○の母親に
何も話せることは何もなかった
その後○○は某国で行方不明だと報道され
わりと大きな騒ぎになったし
○○の両親は○○の留学先まで行ったけれど
依然として○○の足取りは掴めないまま時間だけは流れていく
○○が行方不明と聞いた後
Eと会った
Eは
「心配だね」
と言った
どこか
そう
隠せていない
とても晴れやかな顔で
それは
私が穿ち過ぎで
そんなフィルターを通して見たからなのだろうけれど
留学先で一体
Eと○○に何があったのかなんて分からない
Eが何かしていたとしても
私には分からない
何も
でも私は
今も隣を歩くEの鼻歌なんて聞いたのは始めてで
こんなに柔らかな声も
楽しげに声を出して笑う姿も
まるで重い枷から外れたような踊るような軽い足取りも
どれもこれも
私は初めて見た
それは
全部
○○が行方不明と知らされたあの日の後から
「Eは変わったね」
私は問うてみる
Eは
「そう?」
どこかくすぐったそうにはにかみ
「そうかな、うん、留学したからかもね」
広い世界を見たからかな
と
遠い目をする
(広い世界)
「私ね」
「……」
「留学して本当に良かった!」
空に向かって大きく両手を広げた
その笑顔は
見惚れる程に眩しくて
私は思わず足を止める
「ねぇ、またみんなで集まろうよ」
Eは足を止めた私を振り返る
晴れやかな笑顔で
「いいね」
「いつもの"4人"でさ」
「……そうだね」
少なくとも表面上の動揺は見せない私に
目を三日月にして
Eは満足気に頷く
○○は、まだ見付からない
きっと
もう
ずっと
見付からない