76 その背の向こうにあるもの
【街の丘・昼】
空は澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていく。
遠くから鐘の音が響き、街ではなお戦勝の余韻が続いていた。
丘の上。ギルド長がレナに言う。
「……結局、ふたりとも戻らなかったな」
レナは風に吹かれながら、どこか懐かしむように空を仰ぐ。
「でも、あの人たちなら大丈夫です。きっと今も、どこかで――ちゃんと、生きてる」
そう言って、やさしく笑った。
【広大な草原・遥か彼方】
草を押し分けるように、重く、誇り高い足音が響いていた。
黄金の髪が陽光に揺れ、空より高く、雲に手が届くかのような巨影が進んでいく。
リアーネ。
その身長は、すでに六十メートルを超えていた。
踏みしめるたびに丘が震え、彼女の背中は山よりも高く、風を割っていた。
けれど、その歩みに迷いはなかった。
「……少しだけ、遠くまで歩いてみようと思うの。私のこの足で、世界の“果て”が見えるかもしれない」
彼女はそう呟き、かすかに微笑んだ。
「もう、誰かを踏み潰すことも、脅かすこともない場所が――どこかにあるなら、私が見つけてみたい」
その瞳は、かつてより柔らかく、どこか寂しげで、そして確かだった。
【別の場所・森林の道】
カイは、森の小道を歩いていた。
肩には旅装、腰にはリアーネから贈られた“爪の剣”。
背には、一冊の手帳。
「姉ちゃん……今ごろ、空でも歩いてそうだな」
独り言のように呟いて、笑う。
「でも、俺には俺の道がある。自分の背丈でできること、少しずつでも見つけてみるよ」
小さく息を吐いて、彼はまた一歩踏み出した。
【遠景】
金の巨影が、風に揺れる草原を越えて進む。
小さな旅人が、緑の森を縫うように歩く。
その歩幅は、もう交わることはないかもしれない。
けれど、見ている空は、同じだった。
――そして、もしまたいつか。
どこかの地平で、あの背を見上げる日が来るなら。
そのときは、きっと笑って、こう言えるだろう。
「おかえり」と。
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物語はここで、一度幕を閉じる。
だがその背の向こうには――まだ語られていない未来が、きっと広がっている。
― 完 ―
完結しました。長い間おつきあい頂き、ありがとうございました。
少しだけエピローグを作成したいと思います。




