75話 最後の朝、別々の旅路へ
【草原・朝】
朝露がまだ残る広い草原に、金色の髪が風に揺れていた。
リアーネは立っていた。
その姿は、前日よりさらに大きく、地平線に届きそうなほどだった。
カイは、ただ黙ってその背中を見上げていた。
「……もう、決めたの?」
リアーネは振り返らず、空を見たまま小さく頷いた。
「ええ。もう少し歩いてみようと思うの。この身体で、どこまで行けるのか……どこまで世界を感じられるのかを、知っておきたくて」
「そっか……」
カイは言葉を飲み込んだ。
何かを言いかけたが、それが未練になりそうで、言えなかった。
代わりに、彼はゆっくりと腰の剣を外した。
「これ。姉ちゃんがくれた爪の剣……俺、これでやっていくよ」
リアーネは、優しく微笑んだ。
「あなたなら、きっと守れるわ。……自分の背丈で」
カイは頷いた。
「俺も、旅に出る。街で英雄扱いされるのも向いてないしさ」
「目的は?」
「……まずは、“あんたがいなくても守れる”って証明するために、色々見て回る」
その言葉に、リアーネの目が静かに細められた。
「頼もしくなったわね、カイ」
「ありがとう。姉ちゃんの隣で、たくさん鍛えられたから」
しばし、沈黙。
風が草を揺らし、空に雲が流れていく。
リアーネはふと、カイの方を向いた。
「……ねえ、カイ。脅威が消えた今、私の役割も、終わりつつあるのかもしれないって、少し思ってる」
カイは、目を見開いた。
「でも、それは寂しい意味じゃないの。ようやく“守るため”じゃない歩き方が、できるかもしれないって意味」
彼女は、一歩後ろに下がった。
それだけで、足元の大地が低く唸る。
「次に会うとき……きっと、私はもっと大きくなってる。たぶん声も聞こえないくらいに」
「うん。でも、きっとわかるよ。あんたの足音は……俺には絶対、わかる」
リアーネの目が優しく揺れる。
「それなら、いいわ。ちゃんと、人間の隣に立つ“意味”を、忘れずにいられるから」
カイは、彼女の影の中から少しだけ身を乗り出して、笑った。
「じゃあ、またな――姉ちゃん」
「ええ。元気でね、カイ」
そして。
ふたりは、背を向けて歩き出した。
リアーネは、陽光を受けて、広大な世界へ。
カイは、自分の足で踏みしめる新たな旅路へ。
その歩幅はまったく違った。
けれど、その方向には、確かな未来があった。




