72 静まる地の下で
……静かだった。
あれほど天井が崩れ、空間が軋んでいたはずなのに、今は風ひとつ吹かない。
粉塵がゆっくりと沈み、崩落の残響だけが遠くへと消えていった。
「…………」
カイは、目を開けた。
視界は灰色に霞み、あらゆるものが土埃に包まれている。
身体中が軋むように痛むが、骨は折れていない。
「……生きてる……?」
それが、最初の実感だった。
重い空気の中で、自分の頭上にあったものを思い出す。
――リアーネの背中。
あの巨大な身体が、彼らの真上を覆っていた。
「……姉ちゃん……!」
カイは手をついて、ふらつきながらも身体を起こす。
すぐ隣に、土の天井――いや、巨大な肩が見えた。
リアーネは、まだ四つん這いのまま。
全身に瓦礫と土を浴びながら、黙って天井を支えていた。
その体は震え、時折小さく息を吐いている。
「おい、みんな! 無事か!?」
カイの叫びに応じて、瓦礫の向こうから声が返る。
「こっちは……なんとか!」
「ゾルド、マリナ、大丈夫か!?」「うっ……動ける……折れてはいない、たぶん……」
「フェイ、癒しを!」
「……っ、いくよ……!」
フェイが指を震わせながら詠唱を始める。
温かい光が、砕けた石と血の匂いの中に差し込んだ。
一人、また一人と声を上げ、身体を起こしていく。
粉塵が晴れるにつれ、全員が生き延びていることがわかった。
「まったく……あと一秒遅ければ、終わってたな」
ドーガが苦笑交じりに立ち上がり、肩を回す。
ミレナが隣でそっと息をつく。
「……それでも、私たちは生きてる。召喚も、あの男も、終わったのよ」
「違う」
リュカが天井を見上げて言った。
「終わったんじゃない。“守られた”んだよ、俺たちは」
その視線の先。
そこに、なおも動かず天井を支え続けるリアーネの背中があった。
その背中は、土に塗れていた。
けれど、崩壊した世界の中で、それだけが静かに“変わらず”にあった。
カイはゆっくりと歩み寄り、その広大な手の甲に手を重ねた。
「……姉ちゃん」
金髪は、瓦礫の中でもなお、かすかに光を返していた。
「もう、大丈夫だよ。――助かったんだ」
しばしの沈黙ののち、リアーネが小さく息を吐いた。
「……そう。よかった」
その一言に、誰もが胸を撫で下ろした。
リアーネの腕が、ようやくゆっくりと動き始める。
支えていた天井が、音を立てて崩れずに留まり、空間が安定してきていることを、彼女は肌で感じていた。
崩壊は、止まっていた。
魔力の渦も、歪みも、すべてが過去になりつつある。
残ったのは、ただ一つ――生き延びたという現実。
そしてまだ、地上の光を見ていないという事実。
「……行こう」
カイが小さく呟いた。




