70 地を破りし巨影
地下での死闘が続くその頃――。
リアーネは神殿奥の召喚陣にいる怪物たちと戦っていた。
「来る……っ」
空間に閃光が走り、次々と現れる影――
ミノタウロス、オーク、そして鋼鉄を纏った巨大なトロール。
「邪魔よっ!」
リアーネはすぐに動く。
ブンッ!!
右腕を振るだけで、ミノタウロスが真横に吹き飛び、柱に激突して砕ける。
「こんな数……ただの時間稼ぎにしかならない」
オークの群れが突進してくるが、その頭上から巨大なブーツが振り下ろされる。
ドガァアアン!!
床ごと、オークたちが踏み潰され、魔法陣がひとつ、粉砕される。
「召喚陣を優先する」
リアーネは戦場を歩くようにではなく、突き進むように進み出す。
現れる敵を拳で砕き、脚で薙ぎ、手のひらで地面の刻印ごと叩き潰していく。
トロールの棍棒が襲いかかるも、彼女はそれを片腕で受け止め、そのまま地面に叩き伏せた。
ズドォオオン!!
「……これで、地上は片がついた」
通信機を取り出し、静かに告げる。
『こちら地上。神殿奥にて高ランク魔物複数、排除完了。召喚陣もすべて破壊した。構造的に、地下との連動は確実。今から地下へ向かう』
礼拝堂の奥、黒い裂け目のような通路。
その向こうに、禍々しい光が脈打っていた。
「待ってなさい、カイ。今、そっちへ行く」
空間に漂う召喚の瘴気が、渦を巻いて一箇所に流れている。
それはまるで、地下の一点に収束していく血管のようだった。
「すぐ下にいる。あの子たちが」
リアーネは一歩、後ろに下がった。
「――なら、私は上から行く」
彼女は拳を握りしめ、天井を見上げる。
「天蓋の強度、構造……大体わかった」
踏み込み、跳ぶ。
ドンッ!!
礼拝堂の床が大きく沈み、天井へ向けて金色の巨影が突進する。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
次の瞬間――
ズバァアアアアアンンンッ!!!!
神殿天蓋が粉砕され、昼光が地下空間に一筋の閃光のように差し込んだ。
その閃光を割って、リアーネの巨体が降下する。
ドオオオオォォォォォォンンッ!!!!!!
【地下・戦線】
召喚士の魔力は、空間の常識を歪めていた。
床が浮き、空気が焼け、光とも闇ともつかぬ粒子が空間を満たす。
その中心に、黒衣の召喚士が宙に浮かび、その背後では三体の瘴気を纏った守護獣が脈打つようにうごめいていた。
「君たちは、よくここまで来た……だが、ここで終わるのだよ」
召喚士が手を一振りすると、空間が爆ぜるように震えた。
雷光、火球、氷槍、重力波――多属性魔法が嵐のように放たれる。
「全員、散開! ミレナ、結界を!」
「くっ……耐えられるだけ、やってみる!」
ミレナの詠唱が展開され、空間に複数の防御魔法陣が展開される。
最初の一撃を見事に受け流し、火球と氷槍の爆発を相殺。
「……通じるわ、この程度なら!」
その隙に、ドーガが剣を構えて突っ込んだ。
「こいつらの肉は分厚いが、骨は一緒だろうがああっ!!」
その咆哮と共に、大剣が唸り、守護獣の前足を斬り裂いた。
裂傷から黒い液体が飛び散る。
「効いてるぞ! やれる!」
鳥足歩兵隊が連携して畳みかける。
マリナが左右から切り込み、リュカの矢が負傷箇所を正確に貫く。
「一体、崩れる!」
守護獣のひとつが後退し、呻き声を上げながら壁に倒れ込んだ。
カイも息を整え、突撃のタイミングを見ていた。
「このまま押し切れ――!」
だがその瞬間、召喚士の目が細まる。
「ならば……君たちの“限界”を引き出してやろう」
次の瞬間、重力魔法が再展開され、地面が急激に傾ぐ。
守護獣が吠え、瘴気の波が爆ぜるように広がる。
カイが突進するも、風圧とともに吹き飛ばされ、後方の柱に激突した。
「っ……く……がはっ……」
ミレナの結界が破られ、ドーガが膝をつく。
「こ、こいつ……力が……跳ね上がってやがる……」
一瞬の善戦は、すぐに逆転された。
「くそっ……このままじゃ……っ」
仲間たちも次々に倒れていく。
Bランクの剣士が血を吐き、支援術士の詠唱が間に合わない。
召喚士は静かに、手を掲げる。
「これが“絶望”というものだよ。世界の理の綻びを、君たちの命で縫い合わせよう」
カイが血を吐きながら、震える手で剣を握る。
「俺たち……ここで、終わるのか……」
そのときだった。
ズゥゥゥン……ッ!!
床が、いや――天井が、鳴った。
圧倒的な質量が、上空から迫る。
ゴゴゴゴゴ……!
ズバァアアアアンッ!!!!
爆音と共に、天井が粉砕され、陽光が差し込んだ。
その中を、ひときわ眩しい金髪が貫く。
ドオオオオォォォォォォンンッ!!!!!!
巨体が着地した瞬間、床が抉れ、召喚陣の一部が崩れ去った。
リアーネだった。
「――間に合ったわね」
その姿は、まるで“地を破って現れた希望”だった。
召喚士の顔が歪む。
「なぜ……なぜここに……地上で大量のモンスター達がいたはずだ……この地下にまで……!」
リアーネは静かに告げる。
「私の背にあるものを、踏みつけようとした。だから、来たのよ」
拳をゆっくりと握る。
「今度は、私の番。これは――終わらせるための拳」
カイが呆然とその姿を見上げながら、ゆっくりと口角を上げた。
「……化け物みたいだな……本当に」
「違うわ。――私は、味方よ」
その一歩が、空間全体に響き渡った。
――決着のときは、すぐそこまで迫っていた。




