68 闇の核に触れる
魔力供給核と呼ばれる場所にたどり着いたのは、幾度も死線を越えた後だった。
無数の魔導ゴブリンや、強化個体の魔獣たちを退け、カイたちはついに辿り着く。
黒くうねる魔法陣が床に広がり、中央には心臓のように脈打つ魔力の装置が鎮座していた。
「……ここが、中枢か」
ミレナが息を呑む。
壁面には古代神語――賢者たちの間でさえ解読困難とされる、封印された文が刻まれていた。
「これは……“魂を縛り、群れを築く術”。召喚術の根幹よ」
別の石板には、魔導士の一人が読み上げる詩のような文。
「『人の意志が、群を育てる。肉を捧げ、魂を憎しみに染める』……」
ミレナが魔力供給核を睨みつける。
「この装置、魔力だけで動いてるわけじゃない。明確な“意志”が供給されてる……つまり、誰かが“今も”生きて、これを操ってる」
「召喚士……」
その瞬間、空間の中心で魔力が一段と高く唸りを上げた。
『こちら地上。神殿奥の魔物複数、排除完了。だが召喚反応は継続中』
リアーネの声が通信に乗って届く。
『地下との連動は確実。さらに奥へ進入する。時間はない』
「こっちも急がなきゃな……!」
カイが剣を握り直す。
広間の奥、禍々しい通路が暗く口を開けていた。
そこからは光も風も届かない。“無”のような静けさだった。
「この呪いを、終わらせに行くぞ」
通路の先は、現実の空間とは思えなかった。
重力がどこかおかしい。視界が微かに歪み、壁も床も異常に滑らかすぎる。
黒曜石の柱、大理石の床、浮遊する光球のような粒子。すべてが不気味なまでに整然としていた。
その中央に、男がひとり、立っていた。
黒い法衣。長身。蒼白な肌に、紅の瞳。
歳は三十代ほどだが、その存在から滲む気配は明らかに“人間ではない”。
「来たか……人間ども」
その声は、乾いていながら、地に染み込むように深かった。
「お前が、この召喚の元凶か」
カイが前へ出て剣を構える。
「元凶? いいや、私は“扉”にすぎない」
男は笑う。
「怒りを導いた。憎しみを引き出した。魂を染める“触媒”を置いただけで、あとは世界が勝手に燃え上がったのだ」
「……ふざけるな!」
カイが一歩、前へ出る。
「そんなもので、街を滅ぼしていい理由になるかよ!」
男の笑みが、すっと消えた。
「理由? 私の故郷は、議会によって切り捨てられた。病を治す術も兵も回されず、ただ静かに消えろと言われた」
「私は見たんだ。人が獣になる瞬間を。娘が、家族が、自分の命と引き換えに“何か”に縋った姿を」
「それでも……!」
「黙れ。正義面して斬るな。“人”が生んだ業を、せめて人のまま抱いて滅びよ」
彼は手を掲げた。
「来たまえ……わが僕よ。犠牲の屍より生まれ、群れの王たれ」
魔法陣が赤黒く輝き、足元の地面が肉のように蠢いた。
そこから這い出てきたのは、ねじれたオーク、片翼のホブゴブリン、そして瘴気をまとう巨大な魔導兵。
「この数……っ!」
「でも、俺たちはここまで来た!」
カイが叫び、隊が陣形を整える。
「隊列α! 前衛、右を制圧! ミレナ、左面封じられる!?」
「やってみせる!」
ミレナが魔導書を展開し、詠唱を始める。
ドーガが剣を振り上げる。
「全部、斬り伏せろってことだな……上等だ!」
『こちら地上。地盤が揺れている。魔力の暴走……召喚陣、臨界近い』
リアーネからの通信が再び入る。
「今止めなきゃ、ここごと吹き飛ぶ……!」
カイは深く息を吐き、剣を抜いた。
目を閉じる。レナの声。リアーネの背中。仲間たちの笑顔。守りたかったものが脳裏を巡る。
「全部、ここで終わらせる……!」
「行くぞ……!!」
刃が抜かれ、矢が放たれた。
――決戦の幕が、ついに上がった。




