66 巨影と砕撃
召喚の勢いは、まだ衰えていなかった。
「召喚されたものが地下に向かう……そんなこと、させない」
リアーネは、神殿の入口付近に戻り、大地を両腕で抱えるようにして岩と土を持ち上げる。
それを崩れないよう圧縮・成形しながら積み上げ、裂け目の両側にまるで石の壁のように構築する。
最後に、自らの足でその上をしっかり踏み固めた。
「これで、地下へは行かせない。カイたちが下にいる以上、絶対に」
リアーネは再び神殿の中央ホールに戻り、次々と魔法陣を踏み砕き、召喚の流れを遮断していた。だが、それでも魔力は途絶えることなく空間を満たし続けている。
「……この構造、地下に供給源があるのは確実ね。表面を潰しても、根が生きてる」
そう呟きながら、リアーネは奥へと向かって歩を進めた。
ズゥン……ズゥン……。
そのたびに神殿の床が低く唸る。
石材の継ぎ目が軋み、天井の高いアーチが震えるように鳴る。礼拝堂と思しき広大な空間が、巨体の歩みによってじわじわと軋み始めていた。
「……この空間……何かが“待ってる”。これはただの残党じゃない」
空気が重い。目に見えない何かが、神殿の奥に潜んでいる。
床に残る召喚陣は不活性だが、その代わり、空間全体に妙な静寂が漂っていた。
そして――
「出てきなさい。隠れても無駄よ」
リアーネの声が、ドーム状の天井に反響する。その重低音は礼拝堂全体に広がり、石壁にぶつかって跳ね返る。
直後、闇の奥から複数の足音。
まず現れたのは、全身に骨製の仮面を被ったホブゴブリン。
次いで、身の丈3メートルはあろうかという筋肉質なオークが、鈍く光る斧を担いで姿を現す。
そして、最後に這い出てきたのは、二足歩行のトロール。
緑がかった皮膚には呪文の刺青が浮かび、手には鋼鉄をねじ曲げて造ったような大槌を握っていた。
その姿は、街を襲撃する前提で組織された“攻城特化”の編成だった。
「……オークにトロール……これ、本気で街を落とす気だったのね」
敵は十数体。
だが、その一体一体が下級冒険者数人を軽く相手取れる、圧倒的な力を持っている。
もし、ここにリアーネがいなければ。
――この空間に踏み込んだ者たちは、誰一人生きて帰れなかっただろう。
「そのために、私がいるのよ」
リアーネは静かに拳を握った。
次の瞬間、オークが咆哮しながら正面から突進してきた。
ズズズズ……ッ!!!
斧を振り上げながら踏み込んできたオーク。その巨体が放つ衝撃で床がひび割れ、礼拝堂全体がわずかに揺れた。
だが、それは一歩も進めなかった。
リアーネの右脚が、横薙ぎに振るわれる。
ブゥンッ!!
空気を裂く轟音とともに、彼女の太腿幅3メートルの脚が、まるで山を動かすかのような質量でオークの胴体を薙ぎ払った。
その瞬間、オークは呻き声も上げられずに宙を飛び、礼拝堂の壁へと激突。
バガァアアンッ!!
壁に巨体がめり込み、崩れた石材が雪崩のように降り注ぐ。
「次」
仮面を被ったホブゴブリンが、詠唱を開始しながら後退。
神殿の空間に魔法陣が浮かび上がり、炎の矢が形成されていく。
だが。
リアーネは一歩踏み込み、床ごとその魔法陣を指先で掴み、力を込めて握り潰す。
バチバチッ!!
魔力の回路が弾け、火花と共に消滅。
「こんな小細工、通じない」
残るは、トロール。
獣のような咆哮とともに、大槌を掲げて突進してくる。
床にヒビが走り、衝撃波が空間を揺るがす。
「はっ……!」
リアーネは真正面からその一撃を受け止め――指先で、大槌をつまむ。
ギィ……ギギギッ……!!
巨大な武器が、金属の悲鳴を上げながらリアーネの握力で変形し、砕け、粉々に砕け散った。
「この程度じゃ、私の注意すら引けない」
そして。
ズズズズッ……ッ!!
彼女の拳が、真上からトロールをめがけて振り下ろされる。
空気が圧縮され、床が光の粒を跳ね飛ばしながら――
ドゴォォンッ!!!!!
トロールの影ごと、床が数メートル陥没した。
魔法陣もろとも、床の基盤ごと破壊。
すべてが、ほんの数十秒の出来事だった。
「……排除完了」
だが、リアーネは微動だにしない。
彼女は、満足していなかった。
「まだ、呼んでる……奥に、もっと“深い核”がある」
礼拝堂の奥、黒い裂け目のような通路。その向こうから、絶え間ない魔力の流れが脈打っていた。
リアーネは通信機を取り出す。
『こちら地上。神殿奥にて高ランク魔物複数、排除完了。召喚反応は依然継続中。構造的に、地下との連動は確実。今からさらに奥へ進入する』
『地下班、応答願います。今すぐ根を断ちに行って。こっちはまだ、時間を稼げる』
一呼吸置いて、リアーネは声を落とす。
その瞬間。
礼拝堂の天井がわずかに揺れた。
風が逆流し、空間の空気が一瞬にして冷たくなる。
「……何? これは……」
奥の闇に、光が生まれる。
だが、それは希望ではなく、禍々しい“光”だった。




