7 残党狩り
二件目の依頼地に向かう道中、カイは黙って剣を見つめていた。
その刀身はわずかに赤味がかった黒光りをしており、表面にはうっすらと波状の筋が走っている。
金属ではない――この刃は、リアーネの爪から削り出して作られた、唯一無二の武器だ。
「……鉄に傷がつくレベルって、本当だったんだな」
初陣でゴブリンの鈍刀を弾き返したあの感触が、いまだに掌に残っていた。
リアーネは後方を歩いていた。彼女の歩幅であれば、ゆっくり進んでもカイの数歩分を一歩で進める。森の中の細道を、木々をそっと避けるように進むその姿は、まるで巨人ではなく森の精霊のようでもあった。
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二件目のゴブリン集落は、小さな川のほとりにあった。
わらぶき屋根の小屋が4つ、炭焼きの跡、食料庫のような簡素な小屋。ゴブリンたちは昼寝をしているのか、物音ひとつなかった。
カイはリアーネの前で手を止め、振り返った。
「……ここ、俺一人で行ってみる」
リアーネはうなずく。
「危なくなったら呼びなさい。でも……あなたならできると思う」
それは戦士の判断ではなく、仲間への信頼の声だった。
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カイは低く構え、音もなく近づいた。剣を握る手には迷いはない。
眠っていたゴブリンが目を開けた瞬間、すでに刃はその喉元に届いていた。
「ひとり……」
後ろからもう1体が襲いかかる。振り返らずに斬り払う。風切り音。
手ごたえは前よりも確かだった。重心が安定している。剣を振る速さと力、そして“次の動き”への切り替え。
成長していた。確かに。
だがそのとき、草むらから新たな数体が現れる。
「っ……まだいたか!」
囲まれそうになる。一歩退き、地形を利用して後背の岩場を盾にする。
攻撃の誘導、ステップ、回避。剣を振るたびに、昨日より一歩進んだ自分がいた。
5分後――最後の1体が崩れ落ちた。
カイは膝をつき、息を整える。額に汗がにじんでいたが、その表情には達成感があった。
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リアーネは静かに頷いてから、前へ出た。
彼女の足が、小さな家屋の方へと向かう。カイはその様子を見て、そっと呟いた。
「……集落の破壊は、任せた」
リアーネは1歩、また1歩と歩く。草地に根付く木々をかすめながら、ゴブリンの“暮らし”の痕跡へと向かっていく。
そして、わらぶきの小屋の一つの前で、わずかに足を上げ――
ドン……ッ!
巨大なブーツが、ためらいなく小屋を踏み抜いた。わらと木材が砕け、地面が沈む。
さらにもう一歩。食料庫、鍛冶場跡、全部を、ゆっくりと、しかし確実に踏み潰していく。
足を持ち上げるたび、ベタついた木くずと骨が靴底に張りつく。
まるで、巨神が“存在ごと否定するかのような”静かな破壊だった。
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三件目は、森を抜けた丘のふもとだった。
そこでも同じように、リアーネは後ろに立ち、カイの動きを見守った。
カイの剣筋はさらに洗練されていた。疲労はあるものの、戦い方は確実に変わっていた。
一撃で倒せなかった相手にも、足を斬って追撃を決める冷静さ。かつての少年の姿は、もうそこにはなかった。
そして最後の1体を倒し、ふっと息をついたその瞬間――
リアーネがそっと、彼の背後に近づき、ぽんと背中に触れた。
その手のひらは、大きく、温かかった。
「よく頑張ったわね。三件とも、自力で制圧。大したものよ」
カイは顔を真っ赤にしながら、うなずいた。
「……でも、姉ちゃんみたいにはなれない」
「当たり前じゃない。私はあなたの、何倍も大きくて、14歳から故郷でずっと戦ってるんだもの」**
リアーネはそう言って、笑った。
ただ、誇らしげに。
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その日の夜。リアーネは街の外れ、街道沿いから外れた小さな丘の中腹に腰を下ろしていた。
ここからなら、街の明かりは見えるが、街の人々から彼女の姿が見えることはない。草むらと斜面が、巨躯の影をやさしく隠していた。
丘の下では、カイが泊まっている宿屋の灯りが、窓越しにほのかに揺れている。
その光を、リアーネはじっと見つめていた。
(カイ、強くなるわね。私がいなくても、歩いていけるように)
そう思うと、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。
リアーネは誰にも気づかれぬように、そっと夜空を見上げた。
星は高く、静かに瞬いていた。