64 闇の地脈へ
「行こう」
カイの言葉を合図に、突入部隊が神殿裏の裂け目へと進み出した。
その裂け目は人ひとり通るのがやっとの狭さだったが、身を屈めて抜けた先には、意外にも広大な地下空間が口を開けていた。
「……広い……でも、何かおかしい」
ミレナが息を潜めて呟く。地下に流れる魔力の密度が異常だった。空気は湿って重く、肌にまとわりつくような圧迫感がある。
足元の石畳は自然にできた岩ではない。精緻に削られ、規則的に配置されたそれは、かつてこの場所が何者かの手によって造られた“施設”であることを物語っていた。
「照明、配置」
「後衛、結界張って」
ドーガの低く通る声が指示を飛ばし、各班が迅速に動き出す。
「こんな空間が、地下に隠されていたなんて……」
Bランクの若い戦士が、震える声でつぶやいた。
「息が詰まりそう……これ、魔力のせい?」
魔術師風のCランク女性が、結界の外に目をやりながら言った。
「気を抜くな。こんなところで死にたくなけりゃな」
Aランクの厳つい斧使いが唸ると、空気に緊張が走った。
その時だった。
「気配……いるぞ」
リュカの声が低く響く。
次の瞬間、暗闇の奥から複数の影が飛び出してきた。
「迎撃!」
襲いかかってきたのはゴブリンだった。
ただの雑兵ではない。装甲を纏い、魔法の気配を帯びた個体も混ざっている。どれもこれも、地上で戦ってきたゴブリンとはまるで質が違った。
「こいつら……前に出てきた奴らより、格段に強い!」
ゾルドが盾で斬撃を受け止め、必死に叫ぶ。
「多分……異常繁殖の“核”に近づいてる。だから、この空間そのものが“圧”をかけてくる!」
ミレナが魔法陣を展開しながら説明する。
「退かない! ここで押し返すんだ!」
カイの声が響く。その姿は以前の“後ろにいた少年”ではない。仲間を鼓舞する、ひとりの戦士だった。
「前衛班、踏ん張れ!」「後衛班、補助魔法を続けて!」
「ヒールいくよ、フェイ!」「援護頼む、魔法詠唱が間に合わない!」
仲間たちの連携が試される乱戦。
Dランクの男が、横からカイに声を飛ばす。「カイ! 後ろは任せた、こっちはこいつらで押しとどめる!」
「了解!」
「速い、こいつ……! 動きが全然違う!」
Aランク弓兵が矢を連射しながら舌打ちする。
「狙いは腰! 焦るな!」
リュカが冷静に射線を指示する。
「盾、抜かれた!? 誰か、フォローに入って!」
「来たわね……リカバー、詠唱入るわ!」
Cランクの癒し手がすかさず魔法を発動する。
「この狭さ、やだわ……動きが鈍る……!」
「大丈夫、私たちには地上にリアーネさんがいる」
誰かのその言葉に、一瞬だけ空気が和らいだ。
「でも、それに甘えたら終わりだよ。生きて帰るには、ここで頑張るしかない」
フェイが小さく、しかし確かな決意を込めて言った。
「そうだな。生きて帰るんだ、みんなで」
カイが応じる。
*
同時刻、地上では。
ズシィィィン! ズシィィィン!
リアーネは神殿の外周を歩いていた。
「……気配が増してる」
指先で触れた石壁の模様。その全てが――魔力の流れに沿って“中心”へと導かれていた。
「これは召喚陣……いや、“吸引式構造”」
彼女はすぐに確信する。
「中で戦闘が始まってる……反応が、地下から上がってきてるわ」
足元に手を当て、大地の震えを読み取る。
「――地下が、呼応してる」
リアーネは即座に通信機を開いた。
『こちら地上。神殿全体が魔力集中型構造。おそらく召喚拠点。地脈とリンクしている可能性あり』
『地下の戦闘と連動して、地表に反応が出ている。注意して。……私も、準備しておく』
通信を終えると、リアーネは神殿の裏手にある岩丘の上に、そっと腰を下ろした。
ドオォン!
その高さからなら、神殿と、谷全体の地形もすべてを見渡せる。
リアーネの金の髪が、陽光にきらめく。
「さて、そろそろ神殿の内部を探索はじめるか」
その眼差しは、神殿の真上から、まっすぐ“地下のその先”を見据えていた。




