63 突入準備編 (挿絵あり)
朝焼けが黒壌地帯の前線を染める頃、整地された地に張られた仮設幕舎から、緊張の気配が立ち上る。
剛剣のドーガ、智謀のミレナ。
そしてカイ、鳥足歩兵隊の四人、さらに各地から集ったA〜Dランクの志願者たち十五名。
その中央に、太陽を背に立つ巨影。
身の丈二十二メートル、金色の髪を揺らすリアーネが、まるでこの地の守護者のように全員を見下ろしていた。
「……よく来てくれた」
ドーガの低い声が、冷えた空気を切り裂いた。
鎧の擦れる音、剣の柄を握る音が応える。覚悟の音だった。
「目的は明確だ。神殿をリアーネが押さえる。俺たちは地下へ――本拠地の核心を突き止めに行く」
ミレナが指を鳴らすと、魔力で編まれた簡易の立体地図が展開される。
「ただの掃討ではないわ。今回は“異常繁殖の原因”を探る探索任務。地図の通り、分岐が複数ある可能性が高い。臨機応変に動いてもらう」
紙に描かれた神殿の裏手、その“裂け目”を示しながら続ける。
「潜入口はここ。狭くて危険、リアーネは通れない。だが、万が一の際には――」
「呼んでくれればいいわ」
リアーネの言葉が、風のように落ちる。
「地面が邪魔なら、壊して行く。あなたたちの声が届く限り、私は止まらない」
沈黙。
数秒の後、ゾルドがごく小さく呟く。
「……どこまでも別格だな」
「でも、その背が近くにあるってだけで、俺たちは踏み出せる」
リュカが続け、マリナとフェイがうなずく。
「甘えないわ。でも、背中は預ける。……ほんとに、安心できるから」
フェイが小さく笑った。
リアーネは静かに見下ろし、微笑んだ。
「その分、しっかり戦ってきて。私は全部、ここから見ているから」
*
出発準備が進む中、各班が最終点呼を終える。
「探索班一、異常なし!」「後衛支援班、準備完了!」「魔力感知符、全員配布済み!」
火を囲み、鳥足歩兵隊の四人が小声で語り合う。
「怖いのは当然だ。でも、今度は違う」
ゾルドが低く言えば、
「そうだね。リアーネさんが来てくれたあの時のこと、忘れられない」
フェイが炎を見つめながら言う。
「でも今回は――俺たちが、他の誰かのリアーネになれたらって思うんだ」
リュカが言うと、マリナが笑って拳を重ねた。
「その意気! 行こう、やってやろうじゃない!」
*
Sランクの二人は最後の確認に入っていた。
「全員、生きて帰る。それだけだ。前に出るなって言ったら、絶対に出るな」
ドーガの声が、全員の胸に響く。
「必要な魔法はすべて用意した。だけど、油断しないこと」
ミレナが続け、魔力の帳が全員を包む。
出発直前、カイはふとリアーネの方を見上げる。
「俺、少しは変われたと思う……あの頃より」
リアーネはわずかに目を細め、笑んだ。
「ええ。もう“私に守られる子”じゃない。今のあなたなら、大丈夫よ」
*
巨神は、谷を見下ろす神殿の屋根に静かに座していた。
その足元を、覚悟を抱いた小さな者たちが、闇へと進んでいく。
「さあ、行ってらっしゃい」
リアーネの言葉は風に溶けて、誰の背中にも、確かに届いていた。




