59 強き背のひと休み
夕陽が沈みかける頃。
リアーネはカイを掌から降ろし、草原に静かに腰を下ろした。草の海がざわめき、金髪が風に揺れる。
「……街に戻るんでしょ? あなたの方が、人と話すの、向いてるから」
「でも、君がいないと――」
「呼べばいいわ。通信機、持ってるでしょう? 私の方も、聞いてるから。必要なら、すぐ行く」
リアーネは視線をそらさずに告げた。その声音には、強さと信頼の両方が滲んでいた。
「……じゃあ、任せるよ。休んでて」
カイが小さくうなずくと、リアーネは目を細めた。
そして静かに、草原に体を横たえる。
巨体が地を押し沈め、風が巻き起こる。金色の髪が草の波に流れ込む。
「復興、手伝いたいけど……この姿で街に入れば、余計に混乱を招くわね」
「建物も壊すかもしれない。……いや、きっと壊す」
小さく息を吐いて目を閉じる。
「でもね、逃げるつもりはない。私は、私。守護者と呼ばれようが、怪物と囁かれようが……また来るわ。同じように、立ち上がってみせる」
草原の緑の中に、二十二メートルの巨体が沈む。
その瞼の奥には、まだ消えない決意の光があった。
*
中央広場では、焼けた木材と崩れた石材が積み上がり、人々が懸命に動いていた。
「無理よ、これ……リアーネさんがいれば、一瞬なのに」
「でも、呼べば街の人は怖がるかも」
「……それでも言うさ。もう一度、“力を貸してくれ”って」
ゾルドが唇を結び、通信機を手に取る。
ギルドでは、レナとミレナが小さな地図を囲みながら話していた。
「……やっぱり、頼るしかないわ」
「怖がってる人もいる。でも、リアーネさんに助けられた人も、いるのよ」
フェイも静かに頷いた。
「リアーネさんが来てくれるって、信じてる声……ちゃんと届いてるはず」
*
草原で仮眠を取っていたリアーネの耳元で、通信機が震えた。
『……こちらゾルド、聞こえるか? 街の復旧作業で人手が……いや、“あなたの手”が必要だ。頼めるか?』
リアーネは目を開き、しばらく空を見上げていた。
「……聞こえてる。了解、すぐ向かうわ」
巨体が地を離れる。
立ち上がるだけで草原が震え、鳥が一斉に飛び立つ。
「怖がられてるなら、もっと怖くて、もっと役に立つ怪物になるだけ――」
彼女は歩き出す。その歩みが、再び地を鳴らす。
*
遠くから迫る黒い影。
以前より遥かに大きなその姿に、街の人々はざわついた。
「こ、怖い……」
「門より高い……」
「まさか、リアーネさん……?」
誰もが“初めて”彼女の成長に気づいた。
その圧倒的な巨体は、もはや街の構造を拒絶していた。
だが、リアーネは街に入らず、外からそっと手を伸ばす。
静かに、的確に、瓦礫を取り除き始める。
ある倒壊した家屋では、地中の空洞が感じ取られた。
彼女は地を傷つけぬよう、慎重に石材を摘まみ上げていく。
「誰か……いるぞ!」
叫び声と共に、人々が駆け寄った。
そして――
リアーネの指の下から、埃まみれの母子が救い出された。
娘は泥まみれの顔を上げ、空に向かって叫ぶ。
「ありがとう……おっきいお姉ちゃん……!」
その声に、周囲が息を呑んだ。
その瞬間、リアーネがほんのわずかに足をずらす。
ズシィン――!
地がうなり、広場全体が震える。
近くにいた若い職人が、ふと振り返る。
すぐ横にあったのは、まるで城壁のような巨大なブーツの裏だった。
「ひっ……!」
腰を抜かしかけて尻もちをつく。
恐怖はまだ、完全には消えていなかった。
だが、リアーネはその場で足を止めなかった。
助けるために必要な動きであることを、誰よりも理解していた。
無言のまま、彼女は最後の瓦礫を除けて、背を向ける。
そして――再び草原へと戻っていく。
「私の助けが必要なら、また呼べばいい」
「私はここにいる。“誰より大きく、誰より頼れる存在”として」
背を見送る人々の中から、誰かがぽつりとつぶやいた。
「……あの人がいて、よかった」
夕暮れの中、リアーネの影は遠ざかる。
その背に、ほんの少しだけ、“安心”という名の光が灯っていた。




