56 影を伸ばして、空に触れる(前編)
黎明。夜と朝がせめぎ合うわずかな静寂が、草原の風に揺れていた。
そこにひとり、身を縮めて座っていた巨人がいる。
リアーネ。身長十二メートル。
だが今、その肉体が密かに、確かに――新たな段階へと進もうとしていた。
ごうっ。
風が止まり、空気が沈黙した。
その瞬間、草原の一角に真空のような気圧の落差が生じ、
鳥たちが木々から一斉に飛び立つ。
ぴきっ。
乾いた音。大地にわずかな亀裂が走る。
そして――
ズズ……ズゥウンッ!!!
最初の衝撃。大地が息を呑む。
リアーネの両足を中心に、半径十メートルの地表が盛り上がり、
そのまま土砂が波のように押しのけられる。
彼女の肩幅が、太腿が、腕が、指が、
すべてが一斉に、密度を保ったまま一回り拡張した。
一三〇〇センチ。
風が戻る。が、既にその流れは異質だった。
空気の密度が増し、草原を撫でる風が鉄のような重さを帯びる。
ブーツが軋む音。皮革が筋肉の拡張に追いつくように、
なめらかに、その形状を変えていく。
リアーネは静かに息を吐いた。
「……また来たわね」
次の瞬間、
ドゥン!!
空気が一気に押し返された。波紋のように広がる衝撃。
太腿の筋繊維が盛り上がり、蜘蛛のように絡み合って沈む。
その隆起は力強く、そして美しかった。
一四〇〇センチ。
股下がさらに伸び、ブーツの筒部がぎり、と軽く引き伸ばされる。
地面が沈む。押し返される。
座っているだけで、リアーネの質量が大地を打ち抜いていた。
ふいに、遠くの街。
門の塔にいた衛兵が、目を凝らす。
「……あれ……また、大きくなってる?」
その声は震えていた。
次の瞬間、地面がほんのわずかに震える。
コップの水が揺れ、通りの犬が一斉に吠え出す。
ズドン!!
一五〇〇センチ。
第三の成長。
リアーネの腰の位置が、すでにかつての門よりも遥かに高くなっている。
筋肉がうねる。肩甲骨が拡がり、胸郭が山のように膨張する。
草原に置かれた拳ほどの岩が、ぴょん、と跳ねた。
「……私、まだ抑えてるつもりなんだけど」
リアーネが小さく苦笑する。だがその顔は、凛としていた。
一六〇〇センチ。
この時、空気がひしゃげる音がした。
ボウッッ!!!!
遠雷のような、腹を打つ圧。
地表の草が一斉に寝そべり、空中の塵が震える。
彼女の指が軽く曲がると、それだけで周囲の大気が巻き込まれて旋回した。
その時、草原の小高い丘が一つ、ゆっくりと崩れた。
まるで彼女の成長が、地形すら変える力を帯びているかのようだった。
そして――
一七〇〇センチ。
最初の区切りが来る。
リアーネの瞳が、より遠くを見据えるように細くなる。
手を開き、空へと差し出す。
空気が薄れ、星々が消えていく。
夜明けが、彼女の背を金色に染めた。
「……ここまで来ると、もう笑うしかないわね」
微笑は、静かに、だが確実に街の者たちの心へも届いていた。
その大きさに、人はまた恐れ、そして同時に祈る。




