55 静けさの中で、それぞれの場所へ
鐘の音が、砦と街の空にゆっくりと重なっていた。
祝福というには静かすぎて、追悼というには希望がありすぎる。
それは、生き残った者たちのための音だった。
■ 抱き合う声と涙
中央広場。避難していた市民たちが、ひとり、またひとりと戻ってくる。
破れた服、煤に染まった顔。それでも、その表情には笑顔があった。
「生きてて……よかった……!」
子どもが母親の胸に飛び込み、母はその小さな背を何度も撫でる。
隣では、老人が空に向かって静かに手を合わせていた。
どこからともなく、小さな拍手が響いた。
最初は震えていたその音は、やがて広がり、鐘の音と重なって街全体を包みこんだ。
■ 剣を置いた手に、ぬくもりを
冒険者たちは、それぞれの場所で腰を下ろしていた。
ドーガが背を伸ばし、ミレナが隣に座って静かに呼吸を整える。
「……耳が、やっと鐘に慣れてきたわね」
「悪くない音だ」
マリナは膝を抱えて座っていたが、避難していた子どもが「ありがとう!」と笑顔で駆け寄ると、不意に笑って、そして泣いた。
リュカは静かに弦を外した弓を地面に置き、
ゾルドは盾の縁を撫でてから、ぽつりと一言。
「また次も頼むぞ」
カイは皆を見回して、小さく微笑んだ。
「……本当に、守れたんだな」
■ リアーネ、街を離れる
鐘の音が響く中、リアーネはゆっくりと歩き出していた。
全身に付着した灰と血の感触が残る。呼吸は落ち着いているのに、胸の奥だけがざわついていた。
(また、来るかもしれない)
巨大化すれば、この街をまた壊してしまうかもしれない――
その不安が、彼女を街の外へ向かわせていた。
近くにいたレイナが歩み寄ると、ためらいのない声で言った。
「街の外へ行ったほうがいいわね」
「うん。ちょっとだけ、落ち着いてくる」
リアーネは静かに門の方へ向かう。
崩れた瓦礫の中、子どもたちが遠くから小さく手を振った。
彼女も右手の指を軽く動かし、応えた。
■ それぞれの動き、そして笑顔
ギルドでは、受付のレナが死亡者の確認リストを黙々と整理しながら、ふと呟いた。
「生きて帰ってきた子の名前に、花丸でもつけてあげようかな……」
辺境伯とレイナは、砦に戻ってすぐに復旧と再配置の指示に取りかかっていた。
鳥足歩兵隊は黙々と倒れた仲間のもとへ向かい、それぞれの手で小さな花を手向けていた。
街の通りでは、市民たちが互いにパンと水を分け合いながら、
「あの人が助けてくれた」「あの冒険者が盾になってくれた」と、語り合っていた。
「今夜だけは、安心して眠れそうだね」
そう言った老婦人に、まわりの誰もが小さく頷いた。
■ 草原にて
街の外れ、風の抜ける丘の上。
リアーネは、そっと歩みを止めた。
背後で鐘が鳴っている。だが、ここでは草のささやきしか聞こえない。
彼女のブーツの下で、わずかに地面が軋んでいた。
(やっぱり……来るわね。でも、それでいい)
リアーネはゆっくりと腰を下ろし、朝焼けに染まる空を見上げた。
「誰も死なせなかったわけじゃない。……でも、今日は、守れたと思う」
誰にも届かないささやき。
けれど、風はそれを受け取り、遠くまで運んでいった。




