46 血煙舞う荒野、揺るがぬ巨影
辺境の荒野を、断続的な巨大な足音が揺らしていた。
何時間も、リアーネはこの戦域を駆け回り、敵の指揮官や兵器を次々と踏み潰している。
砦や街では防衛線が激しく揺れ動いていたが、外に展開していた敵本隊は、連携を欠き、まとまった攻撃を仕掛けられずにいた。
それは、リアーネが後方を荒らし続けている成果だった。
「……まだ終わらないのね」
彼女は大きく息を吸い、遠方に視線を向ける。
数百のゴブリンとオークが散開し、バリスタを数台守っている。
そして、その中央には、ひときわ威圧感を放つ存在――4メートル級のエリートトロールがいた。
おそらく、またひとりの“1万人将”だ。
■ 周囲の雑兵が挑むも無傷
リアーネが悠然と歩を進めると、雑兵たちが合図でもしたように一斉突撃してきた。
ゴブリンの投石、オークの火炎弓、バリスタの大型矢……無数の飛翔体が空を覆う。
だが、彼女は眉一つ動かさない。
命中する矢も、叩きつけられる矛槍も、リアーネにはまったく通じなかった。
「はぁ……矢の数は多いけど、意味ないんだけどな」
打ちつけられる音が響くたび、髪がわずかに揺れるだけ。
まるで岩山に竹槍を打ち付けるような、無力な抵抗だった。
さらに足元には、数十体もの雑兵たちが群がる。
斧も槍も、彼女のブーツに傷一つつけることすらできない。
「邪魔ね。どいてくれる?」
リアーネは無造作に足を振り上げた。
悲鳴を上げる間もなく、雑兵たちは血と肉に変わり、大地に貼りついた。
横から迫ったオークも、蹴り飛ばされ、空中を舞った。
それでも、リアーネの動きはまったく乱れない。
■ 投石機の砲弾も無意味
後方から、投石機の砲弾が飛来する。
直撃すれば、砦の壁ですら砕く威力だったが――
リアーネはそれを正面から受け止めた。
轟音と粉塵が巻き起こるも、彼女の体には傷一つない。
砲弾のほうが粉々に砕け、宙に舞うだけだった。
「……次はあなたね。1万人将さん」
砲撃を無視しながら、リアーネはエリートトロールの隊列へ歩を進める。
絶え間ない矢や火弾も、微風程度の感覚しか与えなかった。
■ エリートトロールの挑発
「人間の女が、これほどの体を……!」
エリートトロールが唸り声を上げ、巨槍を持ち上げる。
護衛についているトロールたちも、並のトロールとは比較にならない筋骨隆々の個体だった。
しかし、リアーネは変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべる。
「あなたで何人目かしら。急いで片付けないと、砦と街が待ってるの」
「ほざくなああっ!!」
トロールの隊列が咆哮を上げ、一斉に槍と棍棒を振りかざして包囲を仕掛ける。
■ 包囲攻撃も効かず
連携された攻撃――上半身への棍棒、下半身への槍、そして背後から火矢の連打。
だが。
「……痛くも痒くもないわね。めんどくさいけど」
リアーネは苦笑し、棍棒を受け止めるように肩を預けた。
衝撃で吹き飛ばされたのは、むしろトロールの腕の方だった。
足元を狙う槍もブーツをかすりもしない。
火矢はわずかに髪を焦がすだけで、肌には届かない。
雑兵たちの間に、焦りと恐怖が広がり始めた。
(攻撃が通じない……!)
誰もが本能で悟る。
この存在は、どう攻撃しても倒れない。
「気が済んだ? じゃあ、私も少し動くわね」
リアーネは深呼吸し、膝を沈め、一気に加速した。
「がっ……!?」「うわあああっ!」
地響きとともに、数体のトロールが踏み潰され、地面に沈む。
血と骨の破裂音が響き、周囲のゴブリンたちは絶望に顔を引きつらせて後退した。
■ エリートトロールの渾身の策
隊列が崩れた隙をつき、エリートトロールが最後の策に出る。
護衛トロールたちに命じ、リアーネの足元に火薬樽を転がさせ、一斉に火矢を撃ち込む。
爆炎が巻き上がる。
土煙が視界を覆い、一瞬、彼女の姿が見えなくなる。
「やったか……!?」
ゴブリンシャーマンたちが叫ぶ。
だが――煙の向こうから、悠然と歩くリアーネの姿が浮かび上がった。
「……少し顔が煤けたわ。だけど、それだけ」
無傷だった。
リアーネは微笑みながら、エリートトロールの真正面に立った。
■ エリートトロール vs. リアーネ
巨槍を渾身で突き出すエリートトロール。
牙のような槍先は、並の人間なら一撃で致命傷だろう。
リアーネは一切避けず、腕を前に出して受け止めた。
「……どう? まだ通らないでしょう?」
ズガン、と凄まじい衝撃音。
だがリアーネの腕は微動だにせず、トロールの顔には絶望が走る。
次の瞬間、彼女は軽く手首を捻り、巨槍をへし折った。
続いて裏拳を叩き込み、エリートトロールの巨体を宙に浮かせた。
地響きを立てて、エリートトロールが地面に叩きつけられる。
■ まだ終わらないが、それでも無力
トロールは這い上がろうとするが、リアーネのブーツが上から覆い被さる。
「これ以上は、時間の無駄ね」
必死に押し返そうとする腕。
しかしリアーネの足は、びくともしない。
「砦と街が待ってるの。さようなら」
静かに、踏み込んだ。
大地がえぐれ、叫びが潰れる音が響く。
■ 無敵なまま、さらなる敵へ
血と肉が広がるなか、リアーネはただ淡々と歩き出す。
「さて……次はどこかしら」
周囲の雑兵たちは怯え、後ずさり、弓を引く腕すら震えていた。
「暴れたら、砦や街が助かるのよね。じゃあ、もう少し頑張りましょうか」
彼女は体をひらりと返し、別の戦域へ向かう。
矢も、砲弾も、彼女を止めるものではなかった。
(……急がなきゃ。砦や街が――)
心のどこかで、冷静な焦りを抱きながら。
──こうして、次の1万人将も、ほとんど抵抗できぬまま踏み潰された。
圧倒的な巨体と絶対の防御力。
戦場はなお果てしなく続いているが、今のところ、彼女の歩みを止めうる者は誰一人いなかった。




